ブラック産業医!?復職に関して産業医が訴えられる訴訟が発生

2016-07-20

産業医に求められるスタンス

復職、特にメンタルヘルス不調からの復帰に関しては、労使間でトラブルに発展しやすく、法令や就業規則に沿った適切な対応が必要になることは、再三にわたり当ホームページでも記事にしてきました。

 

そして、そこに関わる産業医には、『客観性・中立性』が求められ、弊社ではそれを何より重視して産業医活動をしています。

それを重視する理由としては、主に2つあります。
医師という専門家であり責任ある立場の人間は、何より法令を遵守しつつ社会に貢献すべき責任があることは当然の理由です。
もう一つの理由は、『客観性・中立性』を欠けば、産業医自身が労使トラブルに巻き込まれる可能性があるからです。

実際、「産業医を訴えるには」などのキーワードで、弊社のホームページまでアクセスされる方も多くおられますし、労働者の方が「産業医に不当な行為をされました。どこに訴えれば良いでしょうか?」と電話を弊社までかけてこられて直接ご質問頂くケースも何回か経験しています。(←このようなご質問を弊社に頂いても、企業のコンプライアンス窓口や労基署・労働局に相談して下さいとしか回答できませんので悪しからず…。)

 

復職判断に関し、産業医も訴えられる時代に

今まで、産業医が職場復帰に関係して労働者から訴えられた事件としては、「病気やない、甘えなんや」と患者を叱咤した医師に賠償命令が下された事件(大阪地裁平成23年10月25日)が有名でした。
この事件は、判決文を読んでも、こんな事(「生きてても面白くないやろ」「薬を飲まずにがんばれ」等)を言えば訴えられて負けても仕方ないだろう、普通はこんなこと言わないだろうと思うような事件でした。ある意味、普通に産業医活動をしてる限りは、問題にならないような事件でした。

 

しかし本日、全ての産業医にとって他人事ではないような訴訟が提起されました。

弁護士ドットコムニュースによると、復職に関して産業医が訴えられた事件が新たに発生したようです(➡ 弁護士ドットコムニュースのサイトへリンクします。)

産業医の復職判断に関して産業医自身が訴えられるのは、かなり珍しいと思いますが、いつかこのような訴訟が生じるのではないかと個人的には思っていましたので、「ついにか…」という印象です。

 

記事によると、要旨は以下の通りです。

 

「ブラック産業医」復職認めず、退職に追い込まれた…元従業員が提訴

・川崎市の大手通運会社で働いていた労働者は精神疾患で休職したが、症状が安定したため、主治医による復職可の診断書を提出し、復職を希望した。

・しかし、産業医は3回にわたって復職を認めない判断を下し、労働者は休職から2年後、休職期間満了で退職となった。

・労働者側は、産業医が主治医との意見交換をしていないことや、職場を一度も巡視していないことを問題視している。

・産業医が面談時に「(他の大手企業なら)とっくにクビよ」などの暴言もあったといい復職を認めなかった判断は主観的で医学的な根拠がなく、結論ありきだったと主張している。

この会社は、平成23年にも同じような事例で労働者と訴訟になり、その際には会社側が勝訴しているようです。その際は産業医は被告になっておらず、労働者の上司が会社と供に訴えられています。

今回は、上司ではなく、産業医が会社と供に被告となりました。

今後、ストレスチェックも始まり、メンタル不調者への対応に産業医が関わるケースが増えていく中で、産業医も被告として訴訟に巻き込まれていくことが増えるのかもしれません

(2019年追記)
その後も、こちらの報道のように、復職できなかった場合には、会社とともに産業医(指定医)も一緒に訴えていくケースが散見されます。

ブラック産業医と言われ、訴訟に巻き込まれないためには

労働者側の弁護士は、「産業医は休職者と職場との関係をどうマッチングすべきか考えるものなのに、今回は十分な調査をしていない。今は産業医が、誰を辞めさせるか選ぶ『人事部化』している。もちろん、全員がそうではないが、会社に雇われていることもあって、会社寄りの産業医が散見される」と仰っています。

「産業医は休職者と職場との関係をどうマッチングすべきか考えるもの」というのは将にその通りです。労働者は会社にとって人財であり、労働者が幸せに働くことなくして会社の発展はありえないのですから、人財を活かすためのマッチングの観点も持って産業医は活動すべきです。

一方で、どれくらい「人事部化」「ブラック化」している産業医がこの世に存在するのかは、私自身は他の産業医の先生と一緒に働くことはありませんので、正直わかりません。

ただ、聞くところによると、ストレスチェックを行う義務のある企業に対し、「ストレスチェックは実施しなくても罰則がないから実施しなくて良い。あんなものはやっても意味がない。」と助言し、違法行為(罰則がないだけであり、ストレスチェック実施義務があるのに実施しないのは、違法です)を教唆する信じられないような産業医も確かに存在するようです。
また、『産業医がこっそり教える解雇手法』、『上手な解雇方法』や『人事の仕事にもコミットし、従業員の肩たたきも引き受けます』とインターネット上で堂々とアピールしている産業医も存在します。
  
そもそも法令で定められた職場巡視等も行わず、会社に名義だけ貸して報酬を受けているいわゆる「名義貸し産業医」はザラに存在し、名義貸し前提で地域の開業医を企業に紹介する医師会も存在しますので、そういう意味では産業医業界全体にブラックな違法行為が蔓延っているとも言えるかも知れません。

 

この記事だけでは、情報が不足しすぎており、この産業医の行為にどれほど違法性があるのか分かりません。ですのでこの事件からはいったん離れて、一般論として、ブラック産業医と言われないために最低限行うべきことを2点挙げてみたいと思います。

 

復職不可と意見するのであれば、しっかりその根拠を示すべし!

当たり前のことですが、労働者の主治医が「復職できる」と言っているケースにおいて、復職を認めない意見を産業医が出すのであれば、なぜ復帰できないと判断するのか根拠を示すことが必要です。

その根拠は、客観的で公平なものでなければなりません。

そして、そのように判断した根拠や、労働者のどの点が復帰するには足りないのか等を主治医に対しても伝えていき、連携をとる必要があります。

そのような根拠を示し、主治医とも連携していくには、産業保健及び精神医学の知識・経験が必須です。

もはやこれからに時代、片手間で産業医をできる時代ではありません。

ストレスチェックも始まり、メンタル不調者と接する機会も増えてきます。
やるからにはプロとして、専門性を磨く必要があると言えるでしょう。軽い気持ちで片手間でやっていると訴訟リスクに繋がります。

この訴訟は、企業と産業医の関係に対しても影響を及ぼす

この訴訟を受けて、多くの産業医は「訴えられるのは嫌だから、本人の希望通りに復職を認めよう」という流れになるでしょう。
未だ病気が治っておらず、復帰には時期尚早と思われる労働者に対して、精神医学に関する専門性・能力のある産業医であれば根拠を示してまだ職場復帰には早いと言っていけますが、産業医学・精神医学の知識・経験が少ない産業医は、本人の早期職場復帰の希望を安易に受け入れる方向になるでしょう。

今後、客観的に公平に見てもまだしっかり治っていない休職者について「病気がしっかり治って働ける状態になってから、職場復帰して欲しい。それが本人のためでもある。」と考える企業にとっては、いかに能力の高い・専門性の高い産業医を雇うかが非常に重要になってくると予想されます。

そして、「そもそも、復帰前に回復具合を100%正確に評価することは難しい」ことを意識して、復帰後の業務遂行能力、事例性を評価して就業規則に沿って対応する方向へのシフトも併せて考えるべきかも知れません(このあたりについては、職場復帰に関する記事4部作に詳しく書いています。)

 

名義貸し・職場巡視無しは違法!ダメ、絶対!危険です

少なくとも月1回、職場巡視をすることは産業医の義務であり、これを行っていないことは違法行為です。

(なお、記事の事件では、労働者側は産業医が職場巡視をしていないことを問題視していますが、記事の中に登場する「女性産業医」というのが、『その労働者が所属する事業場の産業医』なのか『資格としての産業医を持つ医師なのか』で違法かどうか異なります。前者であれば違法ですが、後者(その事業場の産業医ではないが、産業医資格を持った精神科顧問医・メンタルヘルス担当医等が労働者の復職判定面談をするケース等)の場合は違法ではありません。)

 

月1回の巡視をしない(=名義貸し)違法行為を行っていることと、復職の判断の適法性とは本来無関係な話なはずですが、「違法行為を行っている産業医の復職に関する判断は、信憑性・客観性も疑わしい」と思われても仕方ありません。

産業医として会社と契約しているにも関わらず、毎月の職場巡視・職場訪問をせず、会社の依頼があった時のみ訪問・従業員面談をするようなことをやっていると、このケースのように労働者から訴えられるリスクがあるということです

起こしたくないのに起きてしまう医療ミスとは違い、産業医の名義貸しは違法であることを認識しながらも故意に行っている訳ですので、医師として弁明の余地はありません

医師という社会的責任のある立場にある先生方が、なぜ明らかな違法行為に手を染めてしまうのか、個人的には以前より疑問でなりません。
医療過誤や医療訴訟をリスク・怖いと感じている先生方はたくさんおられますが、自分が故意に行っている明らかな違法行為のリスクに対しても敏感になった方が良いのではないかと思います。

実際、今回の事件のように、労働者・労働者側弁護士から、そこを追及されてしまうのですから…。

 

産業医制度の在り方に関する検討会

私は今まで、かなりの数の企業の産業医を担当して来ましたが、前任者の産業医が名義貸し状態であったところはザラに存在します。(もっとも、名義貸しの違法性やコンプライアンス上の問題に気付いた企業が、確実に毎月産業医訪問を行い名義貸しは行わない弊社までご依頼頂いているので、そのような企業が多いとも言えるのですが…。)

現在、厚生労働省で「産業医制度の在り方に関する検討会」が行われており、その中で、産業医の月1回の巡視頻度を柔軟に変更できるようにした方が良いのではないかとの議論がなされています。

確かに、作業環境等に変化の少ないサービス業のオフィス等を毎月巡視してもあまり意味がないのではないか、それよりも長時間労働者への面談やそれこそ今回のような復職面談に時間を割いた方が、限られた活動時間の中でより効果的な産業医活動が行えるのではないかとの意見も分かります。

しかし、違法な産業医の名義貸しが残念ながら横行している現状で、単純に月1回の職場巡視を義務でないと法改正すれば、名義貸しも適法ということになり、産業医活動が後退することは目に見えています。
企業としては、法律で決められているから報酬を支払って毎月医者に会社まで来てもらっている面もあるわけで、毎月来る必要はないと法改正されれば、コストカットのために「職場巡視・訪問なし。その分、安価」な産業医を希望する企業が、かなり出てくるでしょう。そうすれば、従業員が産業医面談を受けられる機会は確実に減ります。

職場の特徴に応じて「職場巡視」の頻度を柔軟に変更できるようにする(月1回未満でもOK)ということにするのであれば、それと併せて、少なくとも月に1回は「職場を訪問して(巡視は行わないとしても、それ以外の面談等の)産業医業務をする」ことを義務にするような制度に法改正しなければ、日本の産業保健は後退すると私は思います。

(産業医は役に立たないから安衛法上の産業医の役割にはもはや期待せず、その他のリソース(保健師や健診機関等)で産業保健を充実させていこうと国が考えているのであれば別ですが…。その場合、産業医としての私の仕事は減るでしょうから困ってしまいますが、日本全体の産業保健の充実の観点からすれば、喜ばしいことなのかもしれません。)

 

また、別の話になりますが、産業医の判断の客観性・公平性を担保する制度、そしてその産業医の判断に対する労使双方からの不服申し立て制度として、茨城大学の鈴木准教授がフランスの労働医(産業医)制度を紹介されています。(今年5月20日の産業医制度の在り方検討会の鈴木准教授の資料

このようにフランスでは、労働者の職場復帰等に関し、労使双方に配慮したなるべく公平な制度をわざわざ設けていることからもわかるように、『産業医が労働者の就業に関して意見を述べていく、判断していくこと』は法的な側面も含んだかなりデリケートな問題なのです。

今後、産業医の判断に関して、今回のような訴訟が頻発するようなことがあれば、このような制度を設ける議論に繋がっていくのかも知れません。

実は今回のこの訴訟は、結構深い問題提起をしていると言えるような気がします。

 

ページの上部へ戻る

Copyright(c) 2019 アセッサ産業医パートナーズ株式会社 All Rights Reserved.