「健康情報等の取扱規程」を策定するための手引きが公表!
本日2019年3月28日、(私だけかもしれませんが)やっと待ちに待った「労働者の心身の状態に関する情報の取扱規程例」が公表されました(厚労省HPへリンク)。
4月1日からの法令施行ですので、残すところあと4日(土日を除くと2日)のタイミングでの公表となりました。施行日に間に合わすのであれば、企業の人事労務担当の方は、猛スピードで準備しなければなりません。
単に、規程例の雛形のみが公表されるのではなく「手引き」という形で、解説付きの35ページの冊子になっており、非常に分かりやすい内容になっています。
基本的には、厚労省の規程例を、いわゆる丸パクリして導入してもおそらく大丈夫だと思います(後述しますが、現状、規程に反する取扱いが存在する場合は、今後は止める必要は出てきますが…)。それくらい完成度の高い手引き・規程例だと感じました。
ですので、手引きの内容は読めばわかるということで、以下の記事内容は、産業医兼社労士の立場から、少しマニアックな視点で掘り下げています。
取扱規程策定で、今後どうなるのか?
こちらのブログ記事にも書いていますが、今までグレーの面も多かった健康情報の企業内での取扱いですが、今後、規程を定めることにより「その取扱い方は、白なのか黒なのか」がはっきりしてきます。
この規程例をそのまま導入する企業が多数だと思いますが、そうすると、おそらく私の感覚では、「現状のその取扱い方、黒ですよ!」というケースが頻発するのではないかと思います。
この規程のポイントは、
①どの情報を、どのレベルの人が、どのように取扱うのか
②労働者の「同意」
だと思いますので、以下検討します。
どの情報を、どのレベルの人が、どのように取扱うのか
手引きの7~8ページと、それを表にまとめた規程例の33、34ページがこれに当たります。
この規程のポイントは、34ページの表に集約されていると思います。
表においては、
どの情報:ピンク、黄、緑
どのレベルの人:担当ア、イ、ウ、エ
どのように(情報へのアクセス権限):◎、〇、△
と区分されています。
以前のブログにも取り上げましたが、産業医が就業判定をするために健診結果を見ていると、どこからともなくやってきて「ウチは肝臓が悪い人が多いでしょうー。営業で酒の付き合いが多いもんで。でも、結果が悪い人には、酒を控えるよう私から言っているんですわ!」と言う50人程度の会社の社長さんのケースを考えてみます。
従業員の健康を考え、忙しい中、健診個人結果票に目を通して、結果が悪い従業員にはひと声かけている、部下思いの社長です。
何百人レベルの会社になると、社長が結果を全て見ているというのはあまり無いですが、50人程度だと、経営者と従業員の距離も近く、全ての健診結果に目を通しているケースもあるのではないでしょうか。
このケースを規程例34ページの表で見てみると、健診結果は②の「黄」に区分され、社長は「担当ア」となり、権限は「△」となります。
つまり社長は「△」ですので、健診結果を直接見る(=「使用」(閲覧含む)する)ことは規程違反であり、「閲覧にあたっては、医療職が適切に加工した情報を取り扱う」ようにしないといけないのです。
「△」の制約の中で、社長が適切に情報を取り扱うためには、健診個人結果票は産業医のみが見るようにして、肝機能が悪い人がいた場合には、産業医から「○○さんは肝機能が悪化しているから、酒席はほどほどに」等と教えてもらう形にする必要があります。
(この話は、社長のみならず、支店長や部長など管理監督者にも当てはまります。)
さて、では、今後社長はどうすべきか
「△」のまま、いままで通り見続ける
おそらく、今回の法改正を熟知し、取扱規程を読み込んで、「社長、おかしいじゃないですか!私の健診結果見ないで下さいよ!規程違反ですよ!」と言ってくる従業員はいないと思いますので、見続けても問題が表面化するケースはあまりないかも知れません。しかし、やはり規程・ルールとして定めた以上は守るべきであり、見続けるのは不適切でしょう。
なお、産業医の立場から考えても、今までは正直なところ、上司や人事労務担当者に対して、Aさんの個人結果票を指さして見せながら「Aさんの血圧は、ここに書いている通り192/120で、まずいですよ。絶対病院に行かせて下さい。」等と話すようなこともあったかも知れませんが、そのようなやり方も「△」であれば規程違反で不適切(生データは見せずに、高血圧の事実のみ伝えるのが正しいやり方)となろうかと思います。
生データを伝えることは、今までも通達・ガイドライン等により避けることが望ましいとされていましたが、今後策定される労使間の規程内容次第では、明確に法的にNGとなります。
見たいのなら、「◎」にする
黄色の情報の意味は「法令に基づき事業者が労働者本人の同意を得ずに収集することが可能であるが、事業場ごとの取扱規程により事業者等の内部における適正な取扱いを定めて運用することが適当である心身の状態の情報」です。
また、手引きにおいても「それぞれの担当者が扱うことができる情報の範囲は、衛生委員会等の場で労使関与の下で検討し、事業場の状況に応じて定めることが求められます。」とされていますので、△を◎(=事業者が直接取扱う)にしても問題ないと思われます。。
衛生委員会の委員の半数は労働組合等推薦の者で構成されているのですから、その委員会で「私たち、今後も社長に健診結果を直接見てもらって、しっかり配慮してもらいたいです!」「うちの産業医はあてになりません、会社に来ているのも見たことがありません。就業判定もしてくれないじゃないですか。ぜひ、社長がチェックし続けて下さい!」との労使間の信頼の絆に基づく取り決めがされた場合は、なおさらOKでしょう。
ただ、国が出している規程例を改変して、社長が全部見れるようにするには、結構な度胸が必要のように思いますので、実際には「見たらあかんねんやったら、もうやめとくわ。折角、従業員のことを思ってやってたのに、やりにくい世の中やー。」となるケースが多いのではないかと思います。
「△」を「×」にすることができるのか
一方で、34ページの表の「△」の部分を、全て「×」(=情報の取扱いはできない、取扱わない。)にしようと考える経営者も出てくるかもしれません。
労使による自由な協議の末、『「△」をどうするかは、労使で協議して自由に決められる。当社では、従業員の個人情報保護を最重視して、会社が労働者の健康情報を極力取り扱わないようにすることにしたので、「△」は全て「×」にする。労働者側の強い希望に基づく取り決めである。』『手引きにも「黄色の情報を取扱う担当者は、事業場の状況に応じて労使の話合いにより定めることが求められます。事業場内に産業医や保健師等の医療職種がいる場合には、その取扱いを医療職種に制限することが考えられます。」と書いているので、産業医だけが情報を取り扱うようにし、会社はノータッチとしたのだ。』としても良いものなのでしょうか?
もし全て「×」とできるなら、以前のブログにも書きましたが、労働者が業務により健康を害した場合でも、「予見できませんでした。情報は全て産業医のところでストップする仕組みにすると労使で決めたので。」「産業医に任せているので、産業医の責任です。産業医から情報が上がってきていませんでした。」と言い訳できるかもしれません。
安全配慮義務をしっかり履行する(そもそも、もし「×」にしても会社は安全配慮義務を免れるか疑問)ために、そのように取り決める会社はまず存在しないと思いますが、残業代を免れるために社員を全員取締役にするような裏技と似たような感じがあるので、中にはそうする会社も出てくる可能性があるように思います…。
労働者の「同意」については、次回の記事にて…。