Archive for the ‘精神科産業医からみた労働判例’ Category

産業医面談や復職審査会への弁護士同伴・同席要求は通るのか

2021-06-11

休職中の労働者の方にとって、病気が改善したら復職できるのか、会社が復帰を認めてくれるのかは一大事であり、まさに職業人としてのキャリアや、自分や家族の生活がかかった重大場面といえます。

また、復職に際して求めたい条件がある場合、例えば復職に際しては原職場ではなく異動して復帰したいとか、病状的にフルタイムで働く自信はないものの金銭的に生活が厳しいので短時間勤務から復帰し賃金を得たい等の希望がある場合、会社がそれらの条件を素直に受け入れてくれるかどうかわかりませんので、ある意味、復職の過程が、休職者と会社の「交渉事」「条件闘争」的な様相を呈することがあります。特に、労働者が会社に対して不信感を抱いている場面では、そうなる傾向があるように思います。

実際、私も、労働者の方から、産業医面談への弁護士同席を許可するように要求された経験もあります(その際は、後述の理由でお断りしましたが…)。

では、労働者から弁護士同伴の要求があった場合、産業医面談や復職判定委員会(※)に労働者が選任した代理人(弁護士)を同席させる義務が、産業医や会社にはあるのでしょうか。参考になる裁判例がありましたので、ご紹介します。

(※)復職判定会議や復職審査会とも言い、会社によって呼び方は違います。特に法律で定められた会議でもないため、やり方は企業によって様々で、労働者本人を呼んで復職に際しての希望等を直接聞くケースもあれば、労働者をその場に呼ぶことはせず、事前に産業医や上司らが本人と話した内容を基にして、合議体としての意見を決定するケースもあります。
今回のケースは、前者の、労働者本人にも来てもらって話をする場合に、労働者は弁護士を連れて会議に参加できるのかという話になります。

 

復職審査会への弁護士の同伴要求

紹介する裁判例は、少し前にニュース報道もされていた事件になります(日東電工事件:大阪地裁令和3年1月27日)。

事件のごく簡単な概要としては、プライベートのバイク事故で頸椎を損傷し、下肢完全麻痺、上司不全麻痺となってしまい休職していた労働者の方が、復職を申し出たものの、会社が復職を認めず退職となり、裁判になった事件です。
結論としては、復職を認めなかった会社側の主張が認められ、労働者側の敗訴となっています。

この裁判例では「主治医と産業医の意見が異なる場合、どうなるか」「病気のせいで、従前通りの働き方ができなくなってしまった場合、企業側はどこまで配慮義務があるか」など、興味深く又産業保健の現場でも出会う機会の多い論点が争点となっており、産業医としては大変勉強になりますが、あまり語られることのない「復職判定委員会への弁護士同伴を要求された場合、会社は応じる義務があるか」についても裁判所の判断が行われていたので、その点のみを取り上げてご紹介します。

 

交渉経緯と裁判所の判断

このケースでは、労働者が下肢麻痺のため車椅子利用が必要となっており、自宅(実家に戻っているため神戸)から元職場の広島尾道まで通勤するのが厳しいことや介護上の事情等のため、在宅勤務メインでの復帰を希望する一方、会社側は在宅勤務の適用範囲等を理由にして労働者側の要求を受け入れない姿勢を示しました。そこで、労働者の方は、弁護士を代理人に選任して、復職交渉に臨もうとされます。

交渉経緯の要旨

労働者から会社へのメール
近く開催される予定の復職審査会に代理人(弁護士)2名を同行する。

それに対する会社の回答
労働者の家族ではない代理人2名について同伴することは構わないが、事業所内への立入りは遠慮していただきたい。

代理人(弁護士)から会社への対応
代理人就任通知書を会社へ送付。復職審査会に代理人として同席できないことにつき遺憾であり、審査会同日に代理人と交渉するよう申し入れる。拒否した場合には司法手続等をとる旨を通知した。

裁判における労働者側の主張
会社が復職に向けた代理人交渉を拒否したことは,被告においてあらかじめ障害が残存した原告を休職期間満了によって退職させるという結論を決めていたことを示すものであるのみならず,合理的配慮の提供義務に反する違法なものである

裁判所の判断
雇用契約や就業規則において,会社が実施する復職審査会等について代理人の出席権限が定められていることは認められず,休職事由の消滅の有無という事実の存否の判断に際して,事業者に従業員の代理人と交渉をすべき法的ないし契約上の義務が当然にあるということもできない。そうすると,この点が交渉過程における被告の違法性を基礎付けるということはできない

 

産業医面談への弁護士同伴はどうなのか

このように、復職審査会に労働者が選任した代理人弁護士の同伴を認めなかったことについて、違法性はないと判断されました。
ただ、今回のケースは復職審査会においての判断ですので、産業医面談への弁護士同伴はどうなのかは不明です。

ただ、私見としては、産業医面談も会社における復職判断過程の一環として行われるため、本ケースと同じ判断枠組みになるのではないかと思いますし、さらにいうと、産業医面談においては、なおさら同伴受容義務はないのではないかと思います。

なぜなら、工場長や人事部長等も参加する審査会議と比較し、産業医面談は純粋に「医学的な判断」が行われる場であり、そこに弁護士が同伴すると、冷静な医学的判断に悪影響を及ぼす可能性があると思われるからです。

「弁護士が面談に同伴したからと言って、医学的判断が狂うとは、医師として精神的鍛錬が足りないのではないか」と言われてしまうと、たしかにその通りかもしれません。
しかしやはり、医学的判断の場(医学的「説明」の場ではなく、「判断」の場)に弁護士が同席するのは違和感があります。例えば、手術前や術後の本人・家族への説明の際に、(特に手術で後遺症が残ったケースなどでは)弁護士が同席するというのは十分あり得る話であり、患者の権利として認められるべき場面だとは思いますが、一方で、手術の現場に弁護士が臨席するのはかなり違和感があり、それを認める医師はほぼいないのではないでしょうか(メッシやクリスティアーノ・ロナウドの膝の手術等ならありうるかもしれないと思ったりもしますが、通常はありえないでしょう)。
「リスクの高い手術なので、手術室に弁護士を入れて、手術を見ておいてもらうから」と患者が希望したとしても、それを「そんな、手術室で弁護士にじっと見られ続けたら、手元が狂いかねない!」として医師が断ったとしても、違法性があるとは到底思えません。

産業医面談と手術を一緒にするなと言われるかもしれませんが、「医学的行為」という意味では同じなのではないかと思います。
産業医面談に労働者の弁護士が同席していた場合、「この質問をして、弁護士から非難されないだろうか」「あとから問題にならないだろうか」などとプレッシャーを感じてしまい、本来行うべき必要な質問ができず、適切な医学的判断・評価に悪影響を及ぼす可能性は否定できないと思います。

上司との出張はストレス大!移動時間も労働時間になる?

2020-10-03

前回の記事の通り、移動中に仕事をしている場合は別にして、原則的には出張前後の移動時間は労働時間にはならないというのが通説です。

しかし、最近の労働判例(2020年10月1日号 No.1225)に、移動時間も労働時間になると判断された裁判例が掲載されていました。
過労自殺の事案であり、今年の2月頃には大きく報道されていた事件です(新聞記事へのリンク)。

 

本当に悲しい事件…

初めに、お亡くなりになられた女性の方に、心から哀悼の意を表します。判決文の中に、本人が書いた、おそらく家族に向けたであろう書置きの一部が載っていました。
そこには「ごめんね 会社をうらんではいけません 今まで長い間お世話になった所だから 感謝しなさいね」と書かれています。
被告(会社側)の主張部分に「被告らとしても創業時から被告会社へ多大な貢献をしてくれた○子には大変感謝しており、哀悼の意を表するものであるが…」とあるように、お亡くなりになった方は、同族経営の会社のなかで、出荷を統括管理する部長として長年会社へ貢献されてきたようです。
会社での出来事を原因として自死しようとしている直前にも関わらず、「会社をうらんではいけない」「感謝しなさい」と紙に綴っている、その状況や胸中を想像すると、本当にいたたまれない気持ちになります。

 

上司と移動する出張について

さて、本件では、遺族は会社に対し、安全配慮義務違反に基づき損害賠償請求をしているわけですが、その判断の前提として、どのような心理的負担があったのかが問題となりました。業務上の心理的負荷としては、「上司からの叱責」のほか、「長時間労働」の有無が争点となりましたが、労働時間を認定する中で、出張中の移動時間について次のように評価されました。

 

出張スケジュール

○月7日:翌日の大阪でのスーパーの店頭販売に備え、代表取締役とともに午後から高知を立ち、飛行機で大阪入り。大阪のホテルで前泊する。

○月8日:午前10時頃にホテルを出発し、その後大阪のスーパーで店頭販売し、15時にスーパーを出て、帰路に着く。

裁判所の認定

7日については、午後の所定就業時間である午後1時から午後5時までを、8日については午前10時から午後の所定終業時刻である午後5時までを、労働時間に算入する。(←原告の主張通り認められています。)

 

原則通りであれば、移動中に仕事をしていた等の事情もない本件においては、前泊するために高知から大阪へ移動した7日の移動時間については、労働時間に該当しないはずですが、労働時間として認定されています。

その理由として、裁判所は以下のように述べています。

『労基法上の労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、かかる意味での労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である』(三菱重工長崎造船所事件の規範)

『そして、業務の過重性を判断する上でも、このような実労働時間を前提に判断するのが基本的には相当であるといえるから、これを前提に、○子の被告会社における始業時刻、終業時刻及び休憩時間を認定し、時間外労働時間を算定することとするが、あくまで業務の過重性を判断するという点に留意して、該当性を評価し、認定を行うものである。』

部下が上司とともに移動する形態での出張については、移動中も部下は心理的、物理的に一定の緊張を強いられることが通常であって、心身への負荷がかかるから、移動時間も労働時間として算入するのが相当である。

 

今回のケースから学ぶ、会社・産業医が気を付けるべき点

前回の記事の冒頭に、「出張が多く拘束時間が長いが、労働時間としてカウントされた時間は長くはない」人のケースについて触れました。
このような方々に対し、ともすると、会社や産業医は、「残業が20時間くらいなんだから、大したことはないだろう。」「万一、体調を崩すようなことがあっても、残業時間が短いから、労災認定なんかにはならないだろう。」思ってしまうかもしれませんが、それはリスキーな対応であると言えます。

なぜなら、そもそも、国の「脳・心臓疾患の認定基準」においても、労災か否かを判断するうえで、「出張の多い業務」は「労働時間以外の負荷要因」として挙げられているからです。

さらには、今回の事案のように、「上司と一緒に出張に行っている」ようなケースにおいては、移動時間自体が労働時間としてカウントされる可能性があります

 

では、上司と移動すれば、残業代請求できるのか?

今回の裁判で、移動時間が労働時間としてカウントされたのは、上記の赤文字部「…時間外労働時間を算定することとするが、あくまで業務の過重性を判断するという点に留意して、該当性を評価し、認定を行うものである。」とあるように、業務の過重性を判断する中でカウントされている点に注意する必要があろうかと思います。

つまり、労働者が「上司と移動した時間についても、残業代を払え」といって裁判した場合においても、残業代の算定に関して、その移動時間が労働時間として認定されるかどうかまではわかりません。
今回は「業務の過重性を判断するうえでの労働時間」の認定であるため、「移動中も部下は心理的、物理的に一定の緊張を強いられるから、労働時間」とかなりざっくりと認定されていますが、これが残業代となると、もっと仔細に「労働者が使用者の指揮命令下に置かれているかどうか」が検討されるのではないかと思われます。
なぜなら、もし、裁判所が「上司との移動はストレスかかるから、その時間全部が労働時間になるから、賃金払ってね」と言ったら、当然会社側としては納得せず、「そうは言いますけど、仕事とは無関係にスマホいじっている時間もかなりありました」「弁当食べている時間もありました」「ボーっと車窓を見ている時間もありました」「移動時間全部が労働時間とか、秘書でもないのに、ありえないだろう」という話になるからです。

以下、本件とは離れた、一般的な話です。
特に気の合わない上司との出張における移動時間は、(そのような経験がほぼ無い私が想像しても)大変ストレスフルだろうなと思います。
1年ほど前の話ですが、私が新幹線で移動していたら、8列ほど後ろの座席から、仕事のやり方について説教する声が聞こえてきました。1人の男性の声しか聞こえず、あまりに大声だったので、電話が遠くて大声で話しているのだろうと思い、通りかかった車掌さんに「後ろの人がずっと大声で10分以上電話してて、うるさいので注意して下さい」とお願いしたら、数秒後、「ただ仕事の話しているだけだろう!私に注意するとは、お前は何様だ!不愉快だ!」と逆切れする声が聞こえてきたことがありました。どんな人なんだろうと、トイレに行くふりをしてこっそり見に行くと、何と、初老のいかにも経営者風の男性が、若い女性に対し、一方的に説教しているのでした。女性が萎縮して無言・小声だったため、私には男性の声だけが聞こえ、電話で話をしていると勘違いしていたのでした。
そこまでのケースはまれだとしても、苦手な上司と、隣同士の席で数時間一緒に過ごすというのを、苦痛に感じる人は多いのではないかと思います。苦手でなくても、長時間上司の横に座るのは苦痛だと思う人もいるでしょう。

コロナ禍によって、出張が減ったことを喜んでいる人は実は多いのかもしれません。
働きやすい環境を作り、人材獲得・リテンションにつなげるには、「無駄な出張は削減」「極力可能な範囲でオンライン打ち合わせ」も必要な時代なのかもしれません。

 

出張の移動時間は労働時間になるか?

2020-10-03

出張が多く拘束時間は長いけど…

産業医面談をしていると、労働者の方から「出張が多く、拘束時間が長いため、心身の休まる時間がありません」と言われることがあります。しかし、その方の残業時間のデータを確認してみると、それほど長くないといったケースが珍しくありません。

拘束時間は長いが労働時間としてはそれほど長くはならないからくりは、『出張の際の現地までの移動時間は、労働時間としてカウントされていない』ためです。

 

労働時間とは何か

そもそも「労働時間とは何か」については、労働時間の上限等について定める労働基準法においても定義されていません。
判例法理により、労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」とされています。それに基づき、過去の判例では「造船所作業員が、作業服へ着替え、保護具を付ける時間」、「ビル管理人の深夜の仮眠時間」、「住み込みのビル管理人が、作業がなく待機している日中の時間」などが労働時間であると認定されてきました。

 

出張前後の移動時間は労働時間か

では、出張で現地まで行く新幹線の中や、帰りの飛行機の中で過ごす時間等は労働時間になるのしょうか?

コロナの影響により、多くの企業で出張はかなり制限されているようですが、ここ数か月間は、新幹線内で見られるビジネスマンの数もかなり回復してきています。その人たちの様子を見ていると、スマホゲームに興じている人、寝ている人、パソコンに向かい何やら資料を必死で作成している人など様々です。スマホゲームしている時間は労働時間ではないでしょうが、帰りの新幹線の中で必死に資料を作成している時間は労働時間じゃないとおかしいというのが一般的な感覚ではないでしょうか。

ところが、過去の判例・通達では、原則的には出張の移動時間は労働時間に含まれないとされています。それに準じて、出張の移動時間は一律に労働時間としない処理を行っている企業も存在するようですが、現代ではリスクのある処理と言えるでしょう。なぜなら、過去の判例・通達は、IT機器が発達していない時代のものであり、出張の移動中には寝たり・酒を飲んだり・読書をして過ごすのが一般的だという前提に基づいて出されているものだからです。
現代においては、上記のような出張帰りに新幹線内でパソコンで報告資料を作成するような時間については、労働時間として報告させるというのが適切な処理と言えるでしょう。一方、新幹線内でビールを飲んだりゲームをしている時間については、確かに車内に拘束されており全くの自由時間であるとまではいえませんが、労働時間としてはカウントされないとというのが通説です。

ブラック産業医!?復職に関して産業医が訴えられる訴訟が発生

2016-07-20

産業医に求められるスタンス

復職、特にメンタルヘルス不調からの復帰に関しては、労使間でトラブルに発展しやすく、法令や就業規則に沿った適切な対応が必要になることは、再三にわたり当ホームページでも記事にしてきました。

 

そして、そこに関わる産業医には、『客観性・中立性』が求められ、弊社ではそれを何より重視して産業医活動をしています。

それを重視する理由としては、主に2つあります。
医師という専門家であり責任ある立場の人間は、何より法令を遵守しつつ社会に貢献すべき責任があることは当然の理由です。
もう一つの理由は、『客観性・中立性』を欠けば、産業医自身が労使トラブルに巻き込まれる可能性があるからです。

実際、「産業医を訴えるには」などのキーワードで、弊社のホームページまでアクセスされる方も多くおられますし、労働者の方が「産業医に不当な行為をされました。どこに訴えれば良いでしょうか?」と電話を弊社までかけてこられて直接ご質問頂くケースも何回か経験しています。(←このようなご質問を弊社に頂いても、企業のコンプライアンス窓口や労基署・労働局に相談して下さいとしか回答できませんので悪しからず…。)

 

復職判断に関し、産業医も訴えられる時代に

今まで、産業医が職場復帰に関係して労働者から訴えられた事件としては、「病気やない、甘えなんや」と患者を叱咤した医師に賠償命令が下された事件(大阪地裁平成23年10月25日)が有名でした。
この事件は、判決文を読んでも、こんな事(「生きてても面白くないやろ」「薬を飲まずにがんばれ」等)を言えば訴えられて負けても仕方ないだろう、普通はこんなこと言わないだろうと思うような事件でした。ある意味、普通に産業医活動をしてる限りは、問題にならないような事件でした。

 

しかし本日、全ての産業医にとって他人事ではないような訴訟が提起されました。

弁護士ドットコムニュースによると、復職に関して産業医が訴えられた事件が新たに発生したようです(➡ 弁護士ドットコムニュースのサイトへリンクします。)

産業医の復職判断に関して産業医自身が訴えられるのは、かなり珍しいと思いますが、いつかこのような訴訟が生じるのではないかと個人的には思っていましたので、「ついにか…」という印象です。

 

記事によると、要旨は以下の通りです。

 

「ブラック産業医」復職認めず、退職に追い込まれた…元従業員が提訴

・川崎市の大手通運会社で働いていた労働者は精神疾患で休職したが、症状が安定したため、主治医による復職可の診断書を提出し、復職を希望した。

・しかし、産業医は3回にわたって復職を認めない判断を下し、労働者は休職から2年後、休職期間満了で退職となった。

・労働者側は、産業医が主治医との意見交換をしていないことや、職場を一度も巡視していないことを問題視している。

・産業医が面談時に「(他の大手企業なら)とっくにクビよ」などの暴言もあったといい復職を認めなかった判断は主観的で医学的な根拠がなく、結論ありきだったと主張している。

この会社は、平成23年にも同じような事例で労働者と訴訟になり、その際には会社側が勝訴しているようです。その際は産業医は被告になっておらず、労働者の上司が会社と供に訴えられています。

今回は、上司ではなく、産業医が会社と供に被告となりました。

今後、ストレスチェックも始まり、メンタル不調者への対応に産業医が関わるケースが増えていく中で、産業医も被告として訴訟に巻き込まれていくことが増えるのかもしれません

(2019年追記)
その後も、こちらの報道のように、復職できなかった場合には、会社とともに産業医(指定医)も一緒に訴えていくケースが散見されます。

ブラック産業医と言われ、訴訟に巻き込まれないためには

労働者側の弁護士は、「産業医は休職者と職場との関係をどうマッチングすべきか考えるものなのに、今回は十分な調査をしていない。今は産業医が、誰を辞めさせるか選ぶ『人事部化』している。もちろん、全員がそうではないが、会社に雇われていることもあって、会社寄りの産業医が散見される」と仰っています。

「産業医は休職者と職場との関係をどうマッチングすべきか考えるもの」というのは将にその通りです。労働者は会社にとって人財であり、労働者が幸せに働くことなくして会社の発展はありえないのですから、人財を活かすためのマッチングの観点も持って産業医は活動すべきです。

一方で、どれくらい「人事部化」「ブラック化」している産業医がこの世に存在するのかは、私自身は他の産業医の先生と一緒に働くことはありませんので、正直わかりません。

ただ、聞くところによると、ストレスチェックを行う義務のある企業に対し、「ストレスチェックは実施しなくても罰則がないから実施しなくて良い。あんなものはやっても意味がない。」と助言し、違法行為(罰則がないだけであり、ストレスチェック実施義務があるのに実施しないのは、違法です)を教唆する信じられないような産業医も確かに存在するようです。
また、『産業医がこっそり教える解雇手法』、『上手な解雇方法』や『人事の仕事にもコミットし、従業員の肩たたきも引き受けます』とインターネット上で堂々とアピールしている産業医も存在します。
  
そもそも法令で定められた職場巡視等も行わず、会社に名義だけ貸して報酬を受けているいわゆる「名義貸し産業医」はザラに存在し、名義貸し前提で地域の開業医を企業に紹介する医師会も存在しますので、そういう意味では産業医業界全体にブラックな違法行為が蔓延っているとも言えるかも知れません。

 

この記事だけでは、情報が不足しすぎており、この産業医の行為にどれほど違法性があるのか分かりません。ですのでこの事件からはいったん離れて、一般論として、ブラック産業医と言われないために最低限行うべきことを2点挙げてみたいと思います。

 

復職不可と意見するのであれば、しっかりその根拠を示すべし!

当たり前のことですが、労働者の主治医が「復職できる」と言っているケースにおいて、復職を認めない意見を産業医が出すのであれば、なぜ復帰できないと判断するのか根拠を示すことが必要です。

その根拠は、客観的で公平なものでなければなりません。

そして、そのように判断した根拠や、労働者のどの点が復帰するには足りないのか等を主治医に対しても伝えていき、連携をとる必要があります。

そのような根拠を示し、主治医とも連携していくには、産業保健及び精神医学の知識・経験が必須です。

もはやこれからに時代、片手間で産業医をできる時代ではありません。

ストレスチェックも始まり、メンタル不調者と接する機会も増えてきます。
やるからにはプロとして、専門性を磨く必要があると言えるでしょう。軽い気持ちで片手間でやっていると訴訟リスクに繋がります。

この訴訟は、企業と産業医の関係に対しても影響を及ぼす

この訴訟を受けて、多くの産業医は「訴えられるのは嫌だから、本人の希望通りに復職を認めよう」という流れになるでしょう。
未だ病気が治っておらず、復帰には時期尚早と思われる労働者に対して、精神医学に関する専門性・能力のある産業医であれば根拠を示してまだ職場復帰には早いと言っていけますが、産業医学・精神医学の知識・経験が少ない産業医は、本人の早期職場復帰の希望を安易に受け入れる方向になるでしょう。

今後、客観的に公平に見てもまだしっかり治っていない休職者について「病気がしっかり治って働ける状態になってから、職場復帰して欲しい。それが本人のためでもある。」と考える企業にとっては、いかに能力の高い・専門性の高い産業医を雇うかが非常に重要になってくると予想されます。

そして、「そもそも、復帰前に回復具合を100%正確に評価することは難しい」ことを意識して、復帰後の業務遂行能力、事例性を評価して就業規則に沿って対応する方向へのシフトも併せて考えるべきかも知れません(このあたりについては、職場復帰に関する記事4部作に詳しく書いています。)

 

名義貸し・職場巡視無しは違法!ダメ、絶対!危険です

少なくとも月1回、職場巡視をすることは産業医の義務であり、これを行っていないことは違法行為です。

(なお、記事の事件では、労働者側は産業医が職場巡視をしていないことを問題視していますが、記事の中に登場する「女性産業医」というのが、『その労働者が所属する事業場の産業医』なのか『資格としての産業医を持つ医師なのか』で違法かどうか異なります。前者であれば違法ですが、後者(その事業場の産業医ではないが、産業医資格を持った精神科顧問医・メンタルヘルス担当医等が労働者の復職判定面談をするケース等)の場合は違法ではありません。)

 

月1回の巡視をしない(=名義貸し)違法行為を行っていることと、復職の判断の適法性とは本来無関係な話なはずですが、「違法行為を行っている産業医の復職に関する判断は、信憑性・客観性も疑わしい」と思われても仕方ありません。

産業医として会社と契約しているにも関わらず、毎月の職場巡視・職場訪問をせず、会社の依頼があった時のみ訪問・従業員面談をするようなことをやっていると、このケースのように労働者から訴えられるリスクがあるということです

起こしたくないのに起きてしまう医療ミスとは違い、産業医の名義貸しは違法であることを認識しながらも故意に行っている訳ですので、医師として弁明の余地はありません

医師という社会的責任のある立場にある先生方が、なぜ明らかな違法行為に手を染めてしまうのか、個人的には以前より疑問でなりません。
医療過誤や医療訴訟をリスク・怖いと感じている先生方はたくさんおられますが、自分が故意に行っている明らかな違法行為のリスクに対しても敏感になった方が良いのではないかと思います。

実際、今回の事件のように、労働者・労働者側弁護士から、そこを追及されてしまうのですから…。

 

産業医制度の在り方に関する検討会

私は今まで、かなりの数の企業の産業医を担当して来ましたが、前任者の産業医が名義貸し状態であったところはザラに存在します。(もっとも、名義貸しの違法性やコンプライアンス上の問題に気付いた企業が、確実に毎月産業医訪問を行い名義貸しは行わない弊社までご依頼頂いているので、そのような企業が多いとも言えるのですが…。)

現在、厚生労働省で「産業医制度の在り方に関する検討会」が行われており、その中で、産業医の月1回の巡視頻度を柔軟に変更できるようにした方が良いのではないかとの議論がなされています。

確かに、作業環境等に変化の少ないサービス業のオフィス等を毎月巡視してもあまり意味がないのではないか、それよりも長時間労働者への面談やそれこそ今回のような復職面談に時間を割いた方が、限られた活動時間の中でより効果的な産業医活動が行えるのではないかとの意見も分かります。

しかし、違法な産業医の名義貸しが残念ながら横行している現状で、単純に月1回の職場巡視を義務でないと法改正すれば、名義貸しも適法ということになり、産業医活動が後退することは目に見えています。
企業としては、法律で決められているから報酬を支払って毎月医者に会社まで来てもらっている面もあるわけで、毎月来る必要はないと法改正されれば、コストカットのために「職場巡視・訪問なし。その分、安価」な産業医を希望する企業が、かなり出てくるでしょう。そうすれば、従業員が産業医面談を受けられる機会は確実に減ります。

職場の特徴に応じて「職場巡視」の頻度を柔軟に変更できるようにする(月1回未満でもOK)ということにするのであれば、それと併せて、少なくとも月に1回は「職場を訪問して(巡視は行わないとしても、それ以外の面談等の)産業医業務をする」ことを義務にするような制度に法改正しなければ、日本の産業保健は後退すると私は思います。

(産業医は役に立たないから安衛法上の産業医の役割にはもはや期待せず、その他のリソース(保健師や健診機関等)で産業保健を充実させていこうと国が考えているのであれば別ですが…。その場合、産業医としての私の仕事は減るでしょうから困ってしまいますが、日本全体の産業保健の充実の観点からすれば、喜ばしいことなのかもしれません。)

 

また、別の話になりますが、産業医の判断の客観性・公平性を担保する制度、そしてその産業医の判断に対する労使双方からの不服申し立て制度として、茨城大学の鈴木准教授がフランスの労働医(産業医)制度を紹介されています。(今年5月20日の産業医制度の在り方検討会の鈴木准教授の資料

このようにフランスでは、労働者の職場復帰等に関し、労使双方に配慮したなるべく公平な制度をわざわざ設けていることからもわかるように、『産業医が労働者の就業に関して意見を述べていく、判断していくこと』は法的な側面も含んだかなりデリケートな問題なのです。

今後、産業医の判断に関して、今回のような訴訟が頻発するようなことがあれば、このような制度を設ける議論に繋がっていくのかも知れません。

実は今回のこの訴訟は、結構深い問題提起をしていると言えるような気がします。

休職者との接触と職場復帰支援プログラム

2016-02-24

先日(平成28年2月23日)京都地裁にて、大手下着メーカーとその元社員の労使紛争に対する判決が出され、大きくニュース報道されていました(W社事件 京都地裁 平成28年2月23日判決)。
就職人気ランキングでも特に女性からは非常に人気があり上位にランクし、2016年経済産業省選定の『健康経営銘柄』にも選ばれている企業が、一部敗訴しており、注目を集めたものと思われます。

 ニュースの内容から読み取れる事件の概要は以下の通りです。(判決文を見ていませんので、内容が正しいか・正確かどうかは分かりません。判決文が入手できたら、またこのブログでも詳細に検討してみたいと思います。)

 ・40代契約社員の女性。下着売り場で店長をしていたが、売り上げが落ちたこと等から急性ストレス反応となり、平成22年10月から休職。

・女性は会社に対し、売り場の改善や試し出勤から始めて職場復帰すること等を求めたが、会社は同年12月31日付で雇用契約を打ち切った。その後、女性は重度のうつ病を発症した。

・女性側としては、「職場復帰支援プログラム」がなかったこと及び「医師から直接の接触を止められていた上司が女性と面談したこと」が安全配慮義務違反となる等と主張し、約2260万円の請求をした。

 裁判所の判断

職場復帰支援プログラムを策定し、実施することが望ましい対応だったが、順守する法的義務とまでは認められず、安全配慮義務違反とは言えない。
一方、医師から直接の接触を止められていたにもかかわらず、上司が女性と面談したことは精神障害に悪影響を与えており安全配慮義務違反にあたる。会社は女性に110万円の損害賠償を支払え。

職場復帰支援プログラムが争点に 

まず何より、病気になられたこの女性の一日も早いご回復をお祈り申しあげます。

 私がこのニュースを見て、珍しい・興味深いと感じたのは、「職場復帰支援プログラム」がなかったことが争点になっている点です。支援プログラムがないことが、安全配慮義務違反となるという労働者側の主張は、私の知っている範囲の過去の労働判例の中では、あまりないように思います。もっとも、本件において、「支援プログラムがない」というのが具体的に何を示しているのかは判決文を読まないとわかりませんが…(つまり、プログラムを定めた文書規程がないだけで、支援自体はしっかりされていたのか、又は、支援自体が欠けていたのか。支援自体が欠けていたとして、それは、産業医面談がなかったのか、半日勤務・試し出勤制度がなかったことを問題にしているのか等)。 

では、どの程度の支援プログラムがあればよいのか、私が考える必要最低限の内容は以下の3点です。

①    体調に配慮しつつ、休職中の本人と定期的に連絡を取り、病状等を確認する。放置はしない(体調に応じて、距離を取ることは必要)。

②    復職前には主治医からの診断書・意見書を提出させ、その上で産業医面談を行い、産業医から復帰の可否や復帰後に必要な就業上の配慮を会社が聴取する。

③    復帰後も3か月程度は、月に1回以上産業医面談を受けさせ、現在の配慮で問題なく働けるかを確認する。その結果を職場にフィードバックし、再発なく働けるよう支援する。再発のリスクがあるようなら、就業継続の可否を含めて再検討する。

 

少なくとのこの3点は必要であろうと思われます。また逆に、この3点をしっかり行っていれば、裁判所から「職場復帰支援がない」とまでは言われないのではないかと思います。 

これらを行っていくうえで重要な役割を果たすのが産業医です。②③には産業医の関与が必須ですし、場合によっては①にも産業医が関わることが考えられます。

逆に言うと、②③をしっかり行えない産業医を雇っていることはそれ自体が労使紛争リスクであるということです。

 

主治医の診断書や意見を軽んじてはいけない

本件においては、『医師から直接の接触を止められていたにもかかわらず、上司が女性と面談したこと』が安全配慮義務違反となっています。判決文を読まないとわかりませんが、この女性従業員は職場復帰はしていないようなので、休職中に女性と上司で何らかの話し合い等の接触があったものと想像できます。なぜ、そのような事態が生じたのか、可能性としては2つ考えられるように思います。(「医師」というのが主治医なのか会社の産業医なのか分かりませんが、とりあえず主治医の前提で書きます。) 

一つ目は、主治医から「直接接触は止めて」と診断書・意見が会社に出ていたが、社内(人事↔上司等の然るべき範囲内)でその情報が共有されておらず、上司が面談してしまった可能性です。もしそうであれば人事↔上司間の連携不足としか言えず、この事件を機に、共有できる体制を構築していくしかありません。
私が体験した過去のケースでは、従業員から上司に診断書が出されても、上司から人事担当者等に報告を上げる体制ができておらず、上司のところで診断書がストップしており、人事も産業医も知り得ないメンタル不調者がなんら配慮もなく体調不良のまま働いているといったこともありました。このような状態は、かなりリスキーであり、早急に改善する必要があります。

 二つ目は、「直接接触は止めて」との主治医の診断書を、上司・会社(人事)が認識しつつも軽んじた可能性です。主治医の意見を軽んじると、訴訟等になった場合、本件のように会社は痛い目に会ってしまいます。なぜなら、医師の診断書というのは、社会的に公共性の高い役割を担うべき(少なくとも裁判所はそう考えている)医師が作成した、正式な文書だからです。会社の独断で、無視・軽視してはいけません。

一方で、主治医の診断書に盲目的に従う必要まではありません。厚労省も職場復帰の手引きにおいて、「主治医の診断書には、労働者や家族の希望が含まれている場合もあるので注意が必要」と認めているところです。
主治医の診断書の内容に疑義がある場合は、企業が独断で無視・軽視するのではなく、産業医の意見を聴取したり、産業医を通じて主治医に問い合わせる等の対応が必ず必要になります。

 

もっとも、産業医がちゃんと機能していない(メンタル対応が不得意であったり、最悪名義貸しで職場訪問すらしていない等)場合は、「会社の独断」でやるしか方法はありません。
しっかり会社に対し適切な意見をしてくれる産業医」、「主治医と連絡・連携をとってくれる産業医」を確保することが、安全配慮義務を履行する上でも非常に重要になることが分かるかと思います。

 

企業が、医師の診断書・意見書に接する機会は今後ますます増える

ストレスチェック制度も始まり、今後、企業が「医師の意見書」に接する機会はかなり増えてくると思われます。どんな意見書が出てきても、コンプライアンスを遵守し、安全配慮義務違反とならない対応を取れるよう、産業医をはじめとした社内体制をしっかり構築しましょう。

少しの気遣い、労使相互の理解で、避けられる労使紛争もあるかも知れない

本件においても、会社側が医師の意見に従って、休職者に対し上司ではなく他の人事労務担当者等が対応すれば、裁判で負けることはなかったのかも知れません(繰り返しになりますが判決文を読んでいないため正確なところは分かりません)。そのようなちょっとした対応のまずさ故に敗訴し、企業名が大々的に報道されてしまうことは、企業イメージの低下による売上げ減少、人材採用困難、社内のモチベーション低下に繋がりかねません。また、従業員と争うことは、会社としても決して本意ではなく、できれば避けたいところでしょう。

病気のご本人にとっても、会社と訴訟し続けることは大きな精神的負担になり、病気の回復を遅らせる要因になってしまうかも知れません。もちろん訴訟を起こし白黒付けないと気が済まない、前へ進めない、会社が許せないとの気持ちがあるのも否定しません。

産業医がどこまで力になれるか分かりませんが、私としては、精神科医としての経験、産業医としての経験、特定社労士としての法的知識を生かして、労使関係のより良い調和やお互い疲弊する労使紛争の未然回避のために少しでもお役に立てればと思いながら、日々活動しています。

労使紛争における合理的配慮と産業医の役割

2016-02-01

前回の記事からの続きです

 メンタル不調の事例で訴訟になっているケースもある

日本電気事件(東京地裁平成27年7月29日、労働判例1124号)では、労働者側(代理人は労働者側専門労働弁護士の先生)が障害者雇用促進法に基づく合理的配慮を主張しています。この訴訟では、アスペルガー症候群で休職満了、自然退職になったのは不当であると労働者側は主張しましたが認められず、会社が勝訴しています。判決文を読む限りでは休職期間満了・自然退職に向けた手続きにほとんど不備はなく、しっかり証拠も積み上げているように個人的には感じました。

 一方、今年の抱負の記事で、メンタルヘルスに関する今年のトピックス予想でも上げさせて頂きましたが、「合理的配慮義務」が労働者側の主張のひとつとなり得るのだなと再認識しました。

ただ、合理的配慮義務が法制化されたからと言って、企業内のメンタル不調者に対して企業がやるべきことが特段大きく変わるわけではないと思います。特に、今までもすでに、法にのっとり適切にメンタル不調者への対応を行ってきた会社であるほど、特に変わりはないと思います。なぜなら合理的配慮と安全配慮義務は考え方として重なる部分が多いからです。

 

労働者の主張が企業に無理を強いるものであれば、「それはできません」とNOと主張し、法的に求められる可能な範囲の適切な配慮(=合理的配慮)を検討すればよいのは安全配慮義務と同じであり、実際にこの訴訟でも裁判所は「合理的配慮の提供義務も、当事者を規律する労働契約の内容を逸脱する過度な負担を伴う義務を事業主に課するものではない。」「使用者に対し、障害のある労働者のあるがままの状態を、それがどのような状態であろうとも、労務の提供として常に受け入れることまでを要求するものとはいえない。」として、労働者側の主張を退けています。

 

産業医の役割がますます重要になる

このように、「合理的配慮義務」は訴訟の争点になりえますが、「この人にとって、合理的配慮とは何か」を判断するには医学的知識が必要になってきます。どのような配慮が必要か、企業はまずは「主治医」に尋ねることになりますが、主治医の意見を実際の現場での具体的配慮に落とし込んでいくには、「産業医」の意見・役割が重要になってきます。産業医面談や産業医からの意見聴取を経ずに、会社が独断で配慮の内容や本人の病状を決定するのはリスキーです。
(上記の事件においても、会社は産業医に複数回面談を行わせています。産業医が労働者に「日本の総理大臣は誰か」「会社の代表取締役社長は誰か」の質問をしたが答えられず、その次の面談時にも同様の質問をするも調べることなくわからないと答えたことについて、裁判所が労働者の社会性の欠如を認定する上での証拠の一つとなっています。もっとも、産業医だからこそできた質問・評価という訳ではないですが…。)

 

また、その労働者の要望や主治医意見を、企業は受け入れることが可能なのか・受け入れるべきなのか判断するには労働法の知識も必要です。上記の事件において、主治医は「対人交渉が乏しい部署、パソコンに一日中向き合うような仕事において復職可能」と診断書を書いていますが、会社側は片山組事件の最高裁判決等に基づいて、復職可能性について丁寧に検討し証拠を重ねた上で復職を認めなかったため、結果的に勝訴できています。

 

このように、メンタル不調のケースは、安全配慮義務違反、合理的配慮義務違反と背中合わせであり、医学的知識と労働法的知識の両方がないと適切に対応することは不可能です。企業は産業医・弁護士等の意見を聞きながら、コンプライアンスを守り、うまくリスクマネジメントしていくことが求められます。

【労働判例】ストレスチェック制度と東芝事件

2015-11-10

(はじめに:「精神科産業医から見た労働判例」のコーナーでは,労働判例に対する私の雑感を書いていきます。私は法曹ではありませんので法・判例の解釈に誤りがあるかもしれませんし,裁判所の訴訟記録は閲覧しておらず判決文のみからの感想であり,また,ブログという字数制限のある中でかなり省略して書いています。それらの点を考慮してご覧いただければ幸いです。)

東芝事件とストレスチェックの関連性

最近,企業の人事担当者の方と話の中で,東芝事件(最判平26.3.24)とストレスチェック制度を関連付けた話題になることがあります。東芝事件の判旨である「使用者は,必ずしも労働者側からの申告がなくても,その労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている」ということと,ストレスチェック制度における「高ストレス者が医師面接を希望せずに,会社として何も知ることができず対応できなかった場合の会社の責任・安全配慮義務違反」を関連付けて心配されている話をよく耳にします。

 

東芝事件を拡大解釈して,「会社は,従業員の申告がなくても不調を見抜く必要がある。見抜けずにうつ病を発症させてしまったら,どんな場合でも企業の安全配慮義務違反になる」と考えておられる方もいらっしゃいますが,それは間違いです。
判例を正しく理解するには,判決文の中の1文だけを抜き出して解釈するのではなく,実際にどのような背景があってその1文を裁判官が書くに至ったのかを見なければなりません。

安全配慮義務と自己申告

東芝事件を見てみると,確かに労働者は自分が通院していることを会社に自己申告していませんが,体調不良を会社に訴えており,10日以上体調不良のため欠勤しており,上司に対してそれまでしたことのない業務軽減の申し出を行っているのです。プロジェクトリーダーというかなりストレスのかかる仕事をさせているのは会社としても当然把握している訳ですから,上記のような状態が見られた場合,上司・人事・産業医が連携して迅速に適切な対応を取らなければなりません。通院を申告していないことが労働者の過失かどうかの以前に,企業側の管理体制・対応として不十分であったと言わざるを得ないのではないかと正直感じます。本人が連続欠勤したのが5月末で,会社が実際に業務を軽減したのが8月22日ですので,対応としては遅いと言わざるを得ません。(ただ,平成13年に生じた事件ですので,その当時そこまでしっかりしたメンタルヘルス管理体制を構築できている企業は大企業と言えどもあまりなかったというのも実状か知れません。)

企業が行うべき義務

ストレスチェック制度において「高ストレス者が面接希望しない場合の,安全配慮義務」を考える以前に,ラインケアや産業医との連携体制をしっかり整えること,そして,長時間労働をしている等ストレスが高そうな人に対しては,ストレスチェック制度とは別に,予防的に産業医面談を受けさせてしっかりケアすることの方が重要であろうと思います。

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