休職者との接触と職場復帰支援プログラム

2016-02-24

先日(平成28年2月23日)京都地裁にて、大手下着メーカーとその元社員の労使紛争に対する判決が出され、大きくニュース報道されていました(W社事件 京都地裁 平成28年2月23日判決)。
就職人気ランキングでも特に女性からは非常に人気があり上位にランクし、2016年経済産業省選定の『健康経営銘柄』にも選ばれている企業が、一部敗訴しており、注目を集めたものと思われます。

 ニュースの内容から読み取れる事件の概要は以下の通りです。(判決文を見ていませんので、内容が正しいか・正確かどうかは分かりません。判決文が入手できたら、またこのブログでも詳細に検討してみたいと思います。)

 ・40代契約社員の女性。下着売り場で店長をしていたが、売り上げが落ちたこと等から急性ストレス反応となり、平成22年10月から休職。

・女性は会社に対し、売り場の改善や試し出勤から始めて職場復帰すること等を求めたが、会社は同年12月31日付で雇用契約を打ち切った。その後、女性は重度のうつ病を発症した。

・女性側としては、「職場復帰支援プログラム」がなかったこと及び「医師から直接の接触を止められていた上司が女性と面談したこと」が安全配慮義務違反となる等と主張し、約2260万円の請求をした。

 裁判所の判断

職場復帰支援プログラムを策定し、実施することが望ましい対応だったが、順守する法的義務とまでは認められず、安全配慮義務違反とは言えない。
一方、医師から直接の接触を止められていたにもかかわらず、上司が女性と面談したことは精神障害に悪影響を与えており安全配慮義務違反にあたる。会社は女性に110万円の損害賠償を支払え。

職場復帰支援プログラムが争点に 

まず何より、病気になられたこの女性の一日も早いご回復をお祈り申しあげます。

 私がこのニュースを見て、珍しい・興味深いと感じたのは、「職場復帰支援プログラム」がなかったことが争点になっている点です。支援プログラムがないことが、安全配慮義務違反となるという労働者側の主張は、私の知っている範囲の過去の労働判例の中では、あまりないように思います。もっとも、本件において、「支援プログラムがない」というのが具体的に何を示しているのかは判決文を読まないとわかりませんが…(つまり、プログラムを定めた文書規程がないだけで、支援自体はしっかりされていたのか、又は、支援自体が欠けていたのか。支援自体が欠けていたとして、それは、産業医面談がなかったのか、半日勤務・試し出勤制度がなかったことを問題にしているのか等)。 

では、どの程度の支援プログラムがあればよいのか、私が考える必要最低限の内容は以下の3点です。

①    体調に配慮しつつ、休職中の本人と定期的に連絡を取り、病状等を確認する。放置はしない(体調に応じて、距離を取ることは必要)。

②    復職前には主治医からの診断書・意見書を提出させ、その上で産業医面談を行い、産業医から復帰の可否や復帰後に必要な就業上の配慮を会社が聴取する。

③    復帰後も3か月程度は、月に1回以上産業医面談を受けさせ、現在の配慮で問題なく働けるかを確認する。その結果を職場にフィードバックし、再発なく働けるよう支援する。再発のリスクがあるようなら、就業継続の可否を含めて再検討する。

 

少なくとのこの3点は必要であろうと思われます。また逆に、この3点をしっかり行っていれば、裁判所から「職場復帰支援がない」とまでは言われないのではないかと思います。 

これらを行っていくうえで重要な役割を果たすのが産業医です。②③には産業医の関与が必須ですし、場合によっては①にも産業医が関わることが考えられます。

逆に言うと、②③をしっかり行えない産業医を雇っていることはそれ自体が労使紛争リスクであるということです。

 

主治医の診断書や意見を軽んじてはいけない

本件においては、『医師から直接の接触を止められていたにもかかわらず、上司が女性と面談したこと』が安全配慮義務違反となっています。判決文を読まないとわかりませんが、この女性従業員は職場復帰はしていないようなので、休職中に女性と上司で何らかの話し合い等の接触があったものと想像できます。なぜ、そのような事態が生じたのか、可能性としては2つ考えられるように思います。(「医師」というのが主治医なのか会社の産業医なのか分かりませんが、とりあえず主治医の前提で書きます。) 

一つ目は、主治医から「直接接触は止めて」と診断書・意見が会社に出ていたが、社内(人事↔上司等の然るべき範囲内)でその情報が共有されておらず、上司が面談してしまった可能性です。もしそうであれば人事↔上司間の連携不足としか言えず、この事件を機に、共有できる体制を構築していくしかありません。
私が体験した過去のケースでは、従業員から上司に診断書が出されても、上司から人事担当者等に報告を上げる体制ができておらず、上司のところで診断書がストップしており、人事も産業医も知り得ないメンタル不調者がなんら配慮もなく体調不良のまま働いているといったこともありました。このような状態は、かなりリスキーであり、早急に改善する必要があります。

 二つ目は、「直接接触は止めて」との主治医の診断書を、上司・会社(人事)が認識しつつも軽んじた可能性です。主治医の意見を軽んじると、訴訟等になった場合、本件のように会社は痛い目に会ってしまいます。なぜなら、医師の診断書というのは、社会的に公共性の高い役割を担うべき(少なくとも裁判所はそう考えている)医師が作成した、正式な文書だからです。会社の独断で、無視・軽視してはいけません。

一方で、主治医の診断書に盲目的に従う必要まではありません。厚労省も職場復帰の手引きにおいて、「主治医の診断書には、労働者や家族の希望が含まれている場合もあるので注意が必要」と認めているところです。
主治医の診断書の内容に疑義がある場合は、企業が独断で無視・軽視するのではなく、産業医の意見を聴取したり、産業医を通じて主治医に問い合わせる等の対応が必ず必要になります。

 

もっとも、産業医がちゃんと機能していない(メンタル対応が不得意であったり、最悪名義貸しで職場訪問すらしていない等)場合は、「会社の独断」でやるしか方法はありません。
しっかり会社に対し適切な意見をしてくれる産業医」、「主治医と連絡・連携をとってくれる産業医」を確保することが、安全配慮義務を履行する上でも非常に重要になることが分かるかと思います。

 

企業が、医師の診断書・意見書に接する機会は今後ますます増える

ストレスチェック制度も始まり、今後、企業が「医師の意見書」に接する機会はかなり増えてくると思われます。どんな意見書が出てきても、コンプライアンスを遵守し、安全配慮義務違反とならない対応を取れるよう、産業医をはじめとした社内体制をしっかり構築しましょう。

少しの気遣い、労使相互の理解で、避けられる労使紛争もあるかも知れない

本件においても、会社側が医師の意見に従って、休職者に対し上司ではなく他の人事労務担当者等が対応すれば、裁判で負けることはなかったのかも知れません(繰り返しになりますが判決文を読んでいないため正確なところは分かりません)。そのようなちょっとした対応のまずさ故に敗訴し、企業名が大々的に報道されてしまうことは、企業イメージの低下による売上げ減少、人材採用困難、社内のモチベーション低下に繋がりかねません。また、従業員と争うことは、会社としても決して本意ではなく、できれば避けたいところでしょう。

病気のご本人にとっても、会社と訴訟し続けることは大きな精神的負担になり、病気の回復を遅らせる要因になってしまうかも知れません。もちろん訴訟を起こし白黒付けないと気が済まない、前へ進めない、会社が許せないとの気持ちがあるのも否定しません。

産業医がどこまで力になれるか分かりませんが、私としては、精神科医としての経験、産業医としての経験、特定社労士としての法的知識を生かして、労使関係のより良い調和やお互い疲弊する労使紛争の未然回避のために少しでもお役に立てればと思いながら、日々活動しています。

 

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