うつ病等のメンタル不調者の職場復帰・復職基準はどうあるべきか

2016-05-06

【メンタル不調者の職場復帰シリーズ】

①うつ病等のメンタル不調者の職場復帰・復職基準はどうあるべきか(本記事)

メンタル不調者の復職基準とその判断の難しさ

メンタル不調者への復帰後の対応について

メンタル不調者対応における就業規則の重要性

 

復職を認めるか、認めないか。意見が対立する時がある。

 

労働者が、まだ病状回復が不十分であるにも関わらず、諸事情から職場復帰を希望し、主治医も本人の希望を汲んで職場復帰可能の診断書を発行するケースも存在するのは、厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」にも書かれているとおりです。

私自身も、産業医として面談をする中で、
「症状はまだ治ってなくて、夜も眠れませんが、貯金が減ってきたので復職します。」
「主治医の先生は、まだ回復していないので復帰するには早いと言っていましたが、お金がないからと頼み込んだら、復帰OKの診断書を書いてくれました。」
「仕事をするのは難しいと思いますけど、休んでいるより、職場にいる方が気が晴れるから戻ります。」
等と労働者の方から堂々と言われてしまい、面食らった経験もあります。

 一方で、それに対する企業の反応として、「お金がないなら大変でしょう。病気が治ってなくても、仕事が出来なくてもいいから、すぐに復帰しなさい。」という企業もまれにありますが、「病気をしっかり治して、働ける状況になってから復帰して下さい。」と考える企業がほとんどです。その場合には、復帰の可否に関して、労働者と会社の意見が対立することになります。

 

労使のどちらの意見が採用されるべきなのか、職場復帰に関する基準が必要になってくる訳ですが、実は非常に難しい問題であり、その判断が給与のみならず雇用の存続自体にも関わってくる場合には、さらに難しい判断となります。

 

労働契約の観点から~債務の本旨に従った労務の提供~

 

労働契約の観点から言うと、休職からの復職が可能かどうかは、「(労働契約の)債務の本旨に従った労務の提供」ができる状態まで病気が回復しているかで判断することになります。

 しかし、何をもって、「債務の本旨に従った労務の提供ができる」とするのかは難しい問題であり、労働契約の内容や、企業の規模等によって変わってきます。

 例えば、私が外科医として、ある病院と労働契約を結んでいたとします。

 その契約の内容が、「手術専門の病院で、全ての労働時間を手術のみに従事する。その分、報酬は非常に高く、年収4000万」であったとしましょう。
仮に、私が手術のプレッシャーからうつ病になって休職し、主治医から「復職可能。但し、手術は不可で、外来診察のみ可。」と診断書が出ても、復職させる義務はありません。なぜなら、手術のみに従事するという契約内容であり、だからこその年収4000万であり、手術専門の病院なので外来診療は無いからです。手術ができるようにならなければ、そのまま解雇・退職もありえます。

 一方、「医師として勤務する。」という包括的な業務内容の労働契約をしており、かつ大規模な総合病院(←一人手術が出来なくても、大きな支障とはならない。外来診療も行っており、実際に外来のみを行っている医師も所属している。)である場合は、同様のケースでも復職させる義務が病院には存在すると思われます。

 

厚労省の職場復帰支援の手引きにヒント

判断が非常に難しい復職基準ですが、厚生労働省が発表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」には、復職基準の例として、以下のことが書かれており参考になります。

 ①労働者が職場復帰に対して十分な意欲を示している。

➁勤時間帯に一人で安全に通勤ができる。

③会社が設定している勤務日に勤務時間の就労が継続して可能である。

④業務に必要な作業 (読書、コンピュータ作業、軽度の運動等)をこなすことができる。

⑤作業等による疲労が翌日までに十分回復していること等の他、適切な睡眠覚醒リズムが整っている。

⑥昼間の眠気がない。

⑦業務遂行に必要な注意力・ 集中力が回復している。

 

私の意見としても、復職に際して最低限これらの条件はクリアしていないと、復帰しても再度休職してしまうリスクが高いと思われます。

 また、厚労省がわざわざ手引きの中で示してくれている基準なのですから、最低限これらを満たさない場合は、「本人が希望しても復帰は認めない」と会社は判断しても良いと思われます。

ただ注意しなければならないのは、「昼間の眠気がない」というのは、業務に支障がある眠気がないということであり、一切の眠気が存在してはならないということではないので注意が必要です。お昼ご飯を食べた後の昼下がりに眠気が生じない人間はほとんどいないでしょうから、この基準を字義通りに解釈するとほとんどの人間は復職不可となってしまいますので…。
また、④や⑦は復帰前には評価が難しい面もあり、あまり厳しく評価しすぎて復職不可とすると不当な判断とされかねませんので注意して下さい。
(この点は、アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件(東京地裁平成26年11月26日)が参考になります。)

さらには、その方が休職するのが何回目かというのもポイントになります。初回であれば、それほど厳しく判断するのは良くないでしょうが、過去に複数回休職を繰り返しているケースでは、「前回の復職は失敗(再休職)になってしまった。前回と同じ轍を踏まないようにするためには、今回の復職は前回とどう違うのか。」という視点を持って判断する必要があろうかと思われます。

 なお、判例上、上記の基準を満たすかどうか、つまり休職事由が消滅したかどうかは、労働者側に証明する責任があると言われていますので、労働者が「毎日出社できるかどうか自信がない」「集中力が回復しているかわからない」等と言い、基準を満たしているかどうか不明又は自信がない場合は、たとえ主治医からの復職可能の診断書があったとしても、休職を継続すべきであると考えます。

 休職を続け、主治医に治療をさらに進めてもらいながら、例えば毎日出勤時間に合わせた通勤訓練をして、復帰しても安全に通勤できる自信を付けてもらい、また、毎日、所定労働時間(8時間等)に応じて図書館に通い読書をして、業務遂行に必要な集中力が回復していることに自信を付けてもらって、上記基準を満たしているであろうことを証明してもらってから復帰してもらうべきです。

 

まだ訓練も実施できていない状態で、しかも「自信がない」と言っている労働者の復職を、主治医の診断書が出ているから等の理由で安易に認めれば、再休職のリスクが高く、本人にも会社にとっても良いことはありません。

治療を継続し、さらに復帰へ向けた訓練もすれば、自信が持て、また、実際に復帰後も継続して働ける可能性が高まるのですから、「休職を継続して、最低限厚労省の基準を満たしていると自信が持てるまで治療・訓練を行う」選択肢を取るべきであると思います。

 

こんな復職基準はマズイ!

上記の通り、「債務の本旨に従った労務の提供」とは具体的に何なのかは、労働契約の内容や企業規模等によっても異なってくるため、判断が非常に難しいと言えます。

 しかし、いくら判断が難しいと言っても、判決文の中などで見聞きする中で、人事・上司や産業医が労働者に対して示した復職基準を見ていると、「その基準はマズイでしょう!」と思ってしまうものもあります(そして、会社側が敗訴するケースがほとんどです)。その代表が、以下の基準です。

 

「元の職場で、元の通り働けない限りは、復帰は認めない」

 

この基準は、一見正論のように見えますが、労働契約の観点からは無理のある基準であり、このような基準で判断していると、労使トラブルになった際には、まず企業側は負けてしまいます。

 また、無知な産業医が、産業医面談でこのような不当な基準を口走ると、労働者に録音され(産業医面談の録音の反訳が、訴訟で証拠として提出されるケースもしばしばあるようです。)、訴訟の際に裁判所から「産業医は不当な基準で、復職を認めない前提で面談をしている。産業医の意見は信用できない。」と判断されかねませんので注意が必要です。

 

マズイ点1つ目 ~元の職場~

この基準のマズイ点1つ目は、「元の職場」です。

上述の厚労省の手引き等でも、元の職場に復帰させるのが原則とされています。

しかし、これはあくまで原則であり、例外も場合によっては認めなければなりません。
特に、「今回復職を認めなければ、休職期間満了で退職・解雇になる」場面では、例外を認める要請がかなり強く働くと考えるべきです。

 

なぜなら、終身雇用が前提の日本の社会においては、労働契約を終了させることのハードルは非常に高く、メンタル不調者の休職満了時でもそれは当てはまります。

「なぜそんなにハードルが高いのか、会社にとって不利すぎないか」という意見もありますが、こちらの記事にも書いている通り、会社は終身雇用によって、色々なメリット(例えば強力な配転命令権)も享受しているわけです。

ですので、「労働契約の内容や企業の実状等から考えて、本当にこのメンタル不調者が就業できる他の職場はないのか、異動の可能性はないのか」を慎重に判断しなければなりません。

 

元気な人たちには、単身赴任や海外赴任など、その人の家族関係・人生に大きな影響がでかねない配転をバンバン自由に行ったり、全く経験のない分野への異動を命じておきながら、メンタル不調者の復職に際しては「元の職場以外で復帰できる所はありません。元の職場で無理なら、退職・解雇です。」と簡単に判断するのは、不当・不公平であり、裁判所も簡単には許してくれないという訳です。

マズイ点、2つ目 ~元の通り働く~

この基準のマズイ点の2つ目は、「元の通り働く」です。

 

休職しているメンタル不調者Aさんが、休職前に行っていた仕事の量・質を150とします。

世の中でAさんと同種の仕事をしている人の平均が、100だとします。

(そんなに簡単に数値化できるものではありませんが、便宜上。)

 

一般的な日本の雇用の特徴は、職能給です。職務給ではありません。

ですので、会社とAさんは「150の仕事をする」という契約を結んでいるわけではなく、また、150に応じた報酬が支払われているのでもないのです。

 にも関わらず、「元の通り=150」できないと職場復帰を認めないのは理不尽ということになります。あくまで、「その人の元の通り150」ではなく、一般人のレベルである100を基準に考えるべきと言えます。

 

じゃあ、80くらいしかできない場合にも復帰を認めるべきなのかという難しい問題もありますが、この場合も上記と同様に「今回復職を認めなければ、休職期間満了で退職・解雇になる」場面では、復帰させる要請が強く働くため、復帰後2~3か月で100まで戻る見込みがあるのであれば現在は80だとしても復帰を認めるべきという結論になろうかと思います。

これが、50の場合はどうなのか、休職期間満了ではなく休職期間が残っている場合での復職希望時にはどうかのかという更に難しい問題がありますが、ここではあまり深入りしないでおきます。

【「メンタル不調者の復職基準とその判断の難しさ」へつづく】 

 

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