睡眠時無呼吸症候群・てんかん等と運転業務~産業医の視点から~
本日の新聞記事等で、JR東日本の40歳代運転士が制限速度の2倍近くで走行したことが報道されています。その運転士は、「意識がもうろうとした」と言っているようですが、2014年11月から睡眠時無呼吸症候群(SAS)の治療を受けており、治療器具の使用を条件に産業医が乗務を認めていたと報道されています。
報道だけでは、「意識がもうろうとしたのはSASが原因なのか」という重要な点がわかりませんが、SASが原因であると仮定して、この事例から色々と考えてみたいと思います。
私は鉄道業界の産業医経験はありませんので、詳しいところまでは分かりませんが、鉄道の運転士に対しては国の指定する運転適性検査や鉄道会社独自の検査等が行われていると思われます。ですので、今回のケースにおいても、そのような検査では異常は見られず、また、主治医・産業医の意見としても運転しても問題ないと判断されたので業務に就いていたものと思われます。
そのような状況下においても、今回のような事態が生じてしまったわけです。
リスクを評価する
近年、てんかんや心疾患等の発作により、自動車が暴走し、一般市民を巻き込むような事故が複数生じています。弊社の産業医先もあり私もよくウロウロしている大阪梅田で今年2月、神戸三宮で今年5月に暴走事故があったのは記憶に新しいところです。
私が産業医活動をする上でも、企業様から「この社員はてんかんの既往があるが、営業車を運転させても大丈夫か」と聞かれることが増えてきています。
その場合、主治医の意見や現病歴、治療歴等を検討し、総合的に判断していくことになるのですが、必ず言えることは、現在症状がどれだけ落ち着いていたとしても、
『運転中に症状が出る可能性はゼロとは言えない』
ということです。
この『ゼロとは言えない。しかも、既往歴がある分、既往歴がない人間よりも可能性は高い。』という事実に企業としてどう対応していくかは、まさにリスクアセスメントの問題です。
リスクを評価する際には、「結果が発生した場合の重大性」と「結果発生の可能性」の両面を組み合わせて考える必要があります。
報道によると、JR東日本の規則では、『SASと診断されても適切に治療を受けていれば乗務できる』ということになっていたようですが(←あくまで報道記事の内容ですので、どのような条件下で許可されていたのか詳しいところまではわかりませんが)、これはおそらく、万一運転中に意識消失が発生しても、自動列車制御装置等の安全装置の作動により、衝突事故等が生じて負傷者が出るような事態にならない、つまり、「万一、結果が発生しても死傷者が出るような重大な事態にはならない」と評価したため、SASでも乗務OKとしているのだと思います(あくまで私の予測に過ぎませんが…)。
もしこれが、仮に、SASで意識を失ったら、何百人と死傷者がでる事態に繋がるのであれば、意識消失の可能性がごくわずかでも存在すれば乗務することは会社として決して許さないと思います。
重度の肥満の人の自動車運転の方が危ないのでは…
そういう意味では、レールの上を走り、種々の安全装置が備わっている列車の運転はある意味安全と言えるのかもしれません。
むしろ、かなり太っておりSASが疑われる営業マンの方やバス・トラックの運転手の方が、問題視されること無く、眠気を我慢しながら車を運転していることの方が危険と言えるのかもしれません。
本人のキャリアとの関係
しかし実際には、「電車の運転手の意識がもうろうとするなんて、怖すぎる!」「なぜ少しでもそんな可能性のある人に運転させているんだ!」という意見が、世の中的には多数を占めるでしょう。そして、従業員が問題を起こした場合に責任を取らなければならない立場の人たち(経営者等)も同様に感じ、「少しでも可能性があるのであれば、絶対禁止すべきだ」と考えるのが普通だと思います。
確かに、そのような意見・考えも十分に理解できます。私が経営者であっても、そう思うでしょう。
しかし、産業医という労使双方の視点から物事を考えるべき立場からあえて申し上げるとと、「業務を一切禁止した場合の、労働者のキャリアに対する不利益」の視点も同時に持たなければならないと思います。
電車の運転手の例において、仮に運転ができなくなるとすると、その人のキャリアは大幅に転換を余儀なくされます。それは、本人にとって、場合によっては耐え難い苦痛かもしれません。
おそらくこれも私の想像でしかないですが、JR東日本においても、「安全装置により、ある程度安全が確保されており、追突で死傷者が出るようなことは無い」、「SASに対して適切な治療が行われ、症状も治まっている」という条件の下で、果たして本人のキャリアを厳しく制限して良いのかという視点があったのだろうと思います。また、それは、本人への思いやり的な視点だけではなく、そのような条件下において業務を制限して本人に不利益を与えることが法的にも許されるものなのかという視点も持たれていたのではないかと想像します。労働者の権利という点から考えると、そのような法的視点も併せ持って然るべきです。
だからこそ、『SASと診断されても適切に治療を受けていれば乗務できる』という社内ルールを作られたのではないでしょうか。
このように、持病と運転業務に関しては、リスクアセスメントの観点と、本人のキャリアへの影響という観点を併せ持って対応する必要があるように思います。