運転業務と睡眠不足、睡眠薬

2018-05-14

バス・タクシー・トラック運転と睡眠不足

こちらの国土交通省ホームページでも公表されているように、本年6月1日から、睡眠不足の運転手に運転させてはいけないことが、省令で明確に規定されます。

今までは、旅客自動車運送事業運輸規則(省令)21条で
「疾病、疲労その他の理由により安全な運転をし、又はその補助をすることができないおそれがある乗務員を事業用自動車に乗務させてはならない」とあり、通達で、「『その他の理由』とは、覚せい剤の服用、異常な感情の高ぶり、睡眠不足等をいう」との解釈が出されており、睡眠不足は通達レベルでNGとなっていましたが、今回、省令を改正して、省令レベルでNGとするそうです

持病と運転業務

私はトラック運送会社の産業医もしていますが、メンタル不調で向精神薬(睡眠薬など)を服用している人が運転して大丈夫なのかについては、常に悩みます(今回の省令改正の『睡眠不足』ではなく、『疾病』の話になるのかもしれませんが…)。

特に、

会社:

「なるべくリスクを取りたくない。今回の省令改正の背景にあるように、万一事故が起きた場合の社会からの目は厳しく、少しでもリスクがあるなら、運転から外したい。」

と思っている一方で、

運転手当人:

「運転をやり続けたい。数十年運転手をやって来て、今から事務職に配置転換となっても仕事をできる気がしない。確かに薬を飲んでいるが、運転に支障はない」

と考えているというケース等においては、会社と労働者の思惑が一致せず、産業医としての判断もより丁寧さと慎重さが求められます。

 

私が産業医として意見を求められた場合は、「本人の病状」+「本人の意向」+「会社の意向(≒どこまでリスクを取れるのか)」を総合的に勘案して意見を述べるようにしています。

 

「本人の病状」

眠気等の運転に支障のある症状が無いことが大前提です。

その際、会社としては、産業医の判断以外に、やはり本人の病状を一番よく知っていて薬も処方している主治医から「運転に問題はない」との判断(診断書)をもらいたいところですが、私の経験する限り、「運転に支障がない」との診断書を出してくれる主治医は半数以下のように思います。
やはり近年、医療界もリスクに敏感になっていますので、運転OKという意見を書面で出して、万一事故が起こった場合に主治医の責任になるのは怖いとのことで、診断書の形では書いてくれず、「そこは会社にも産業医がいるでしょうから、そこと話し合って、会社側で決めて下さい」と仰る先生も多数おられます。

 

そこで、上記も含めて、望ましい順にあげると、

①主治医に、運転に関する意見を書面(意見書や診断書)で発行してもらう

➁主治医に、口頭にて意見を述べてもらい、その内容を本人から聴取する。可能であれば、本人同意の下、人事担当者が診察に同席して話を聞ければなお良い。

➂ ①、➁も無理な場合は、産業医が病状を把握したうえで、産業医のみの意見で進める。

(①、➁が可能でも、それを踏まえ産業医が意見を述べるのは当然)

 

となろうかと思います。

 

「本人の意向」

本人の意向も大切です。運転業務に対して本人が肯定的に捉えているのか、否定的に考えているかによって、会社の判断も変わり得るからです。

例えば、上記の例で言うと、「本人が運転したい。事務作業は難しい。」と言っているが故に、会社の意向と一致しないのであって、「年齢的に運転はきつくなってきていたので、事務職でもOKです」「運転には不安があるので、避けたいです」なのであれば、本人にとっても会社にとっても事務への配転で良いということになります。

 

「会社の意向」

端的に言うと、「会社として、どれだけリスクを許容できるか」ということです。

「人手不足なので、可能な限り運転業務に就かせたい」と考え、ある程度のリスクは許容する会社もあれば、「リスクが少しでもあれば、運転を禁止し、リスクゼロを目指す。」「薬が事故にどれくらい影響したかに関わらず、向精神薬を服用している当社の社員が、運転して人身事故を起こすことなど考えられない、あり得ない。」と考える会社まで様々です。

リスクをゼロにするには、向精神薬を内服している場合は一律運転禁止とするしかありませんが、そのような対応に運転業務をしたい労働者が異を唱え万一労使トラブルとなった場合、会社の一律な措置は正当と判断されるのでしょうか?

多くの向精神薬の添付文書(薬の説明書)には、「本剤投与中の患者には自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させないように注意すること」との記載があり、これだけ見ると内服していることのみもって運転禁止としても問題ないように思うかもしれません。

しかし、これについては製薬会社が過大にリスクを評価しており一律禁止はやりすぎではないかとの意見もあります。

実際、日本うつ病学会から日本製薬工業協会あてに「向精神薬が一様かつ持続的に、運転技能を低下させるという証左は見当たりません。」、「向精神薬と運転技能の関係を明らかにし、添付文書の改訂(例:自動車の運転等危険を伴う機械を操作する際には十分注意させること)、あるいは付記(例:ただし、眠気やめまい等が自覚されなければ、十分注意した上で操作に当たること)についてご高配を賜りたい」という要望書が出ていたり、日本精神神経学会も「添付文書の不適切・非医学的な記載について、今後改善を目指し、厚生労働省や独立行政法人医薬品医療機器総合機構への働きかけを行っていく予定である。」としています。

 

よって会社としては、薬を飲んでいるということだけで運転禁止と判断するのではなく、産業医及びできれば主治医の意見も聴取して、判断すべきといえます。運転業務を禁止することは、本人のキャリアや賃金等にも影響することであり、慎重さが求められるといえるでしょう。

 

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