【コラム】ストレスチェックの実施者になることは産業医にとってリスクなのか②

2015-12-02

ストレスチェック制度義務化もついに開始となりました。

前回の続きとして,今回は「実施者になった産業医に生じるリスク」について考えてみます。

2016年7月20日追記)
産業医が訴えられ被告となるケースが新たに生じました。こちらの記事に詳細を記載していますので併せてご覧ください。この訴訟はストレスチェックの事例ではありませんが、名義貸しで月1回の職場巡視もしていない等、産業医業務をしっかり行っていないのにストレスチェックに関わった場合には、同様の訴訟リスクが生じるものと考えられます。

 

自殺したメンタル不調者のケースで訴訟リスクを考える

ストレスチェックを受け,高ストレス者と判定された労働者がいたとします。その人が高ストレス者であることは,企業は知りえませんので,実施者である産業医のみが知っています。ストレスチェックの結果は本人に返却されましたが,本人から医師面接の希望を申し出ることはなかったため,実施者である産業医は何もアクションを起こしませんでした。その後,不幸にも,その労働者は自殺してしまいました。

この場合,実施者である産業医は,責任を問われるのでしょうか?

 

そもそも産業医とはどういう立場なのか

会社と労働者の間には,労働契約が存在しており,その契約に付随する義務として会社は安全配慮義務を負っています。

一方,諸説ありますが,産業医と労働者の間には労働安全指導契約上の権利義務関係が生じており,それを履行しなかった場合は産業医は債務不履行責任を負う,又は,労働者の権利又は法律上保護される利益を侵害した時には不法行為責任を負うと考えられます。(一般的には,産業医と労働者間には債務不履行となるような契約関係は成立していないと考える判例が多いようですが。)

 

行為と結果の間の相当因果関係

債務不履行にしろ不法行為にしろ,行為と結果の間に「相当因果関係」がないと産業医の責任は認められません。

つまり,産業医の責任が認められるには,「高ストレスと知っていた産業医が,何らアクションを起こさなかったこと」と「労働者の自殺」の間に相当因果関係が必要になるのです。産業医に責任を負わすには,単純な因果関係(条件関係)ではなく,相当因果関係が必要となります(不作為の不法行為の論点等もありますが,ややこしいのでここでは省略します)。

「今日の北京で1匹の蝶が空気をかき混ぜれば、翌月のニューヨークの嵐が一変する」という言葉もある通り,ごく薄い関係も含めれば,この世のあらゆるものは繋がっており,因果関係があるとも言えます。私が日本でフーッと息を吹けば,1か月後にニューヨークで嵐が起きて家が潰れるかもしれません。しかし,家が潰れた人が,家の修理代を私に請求しても,裁判上認められないのは直感的にもわかります(そもそも因果関係を証明できないと思いますが,仮に証明できたとしても)。

つまり,裁判上で責任を負わせるには,「社会通念上,責任を負わさないと不公平だよね」と普通の人なら考える程度の,濃い因果関係(=相当因果関係)が必要だと言うことです。

 

産業医の行為と自殺の間の相当因果関係

では,「産業医がアクションを起こさなかったこと」と「自殺」の因果関係について考えてみましょう。

ストレスチェック制度は,法律上,強く労働者のプライバシーを保護しており,本人の同意がなければ結果が企業に伝わることはありません。だからこそ,労働者は安心してチェックを受けることができるのです。プライバシーを厚く保護し正直にあるがままに答えてもらってはじめて、集団分析等を通じてストレスチェック制度の趣旨である「1次予防」へ繋げることができます。
高ストレス者が医師面接を希望した場合は結果が企業に伝わることになりますので,それを嫌って「高ストレスだけど,医師面接は希望しないぞ!」と労働者が決定する権利は,法の趣旨から言っても保護されるべきものと思われます。

よって,そのような労働者の権利を尊重し,産業医がアクションを起こさなかったことが債務不履行や不法行為を構成するとは考えにくいのではないでしょうか。

また、労働者が自殺してしまった主な理由は,仕事上や私生活での出来事が原因なのであって,産業医がアクションをしなかったことを理由にして自殺した訳ではありません。 

そもそも,労働者が自殺しないよう,健康を管理する義務,安全配慮義務があるのは一義的には企業ですので,仮に企業の安全配慮義務違反を認め損害賠償責任を負わせて被害者(遺族)を救済した上で,さらに産業医にまでストレスチェックの実施者として責任を負わせるというのは考えにくいと思います。

また,企業の責任を認めず(企業の安全配慮義務違反はない),産業医の責任のみ認めるのは,ストレスチェック実施者として産業医がかなり職務を怠ったケース、例えば、

・ストレスチェックに「自殺したい」の質問項目があって,そこにチェックが入っているのを産業医が認識しながら放置した場合
・高ストレス者から面接指導対象者を絞り込む際、何ら正当な理由・根拠もなしに、絞り込んだ場合

等しかありえないように私は思います。(もちろん、指針やマニュアルに定められている実施者の業務は確実に行っていることが大前提です。)

 

私が考える結論~訴訟に巻き込まれるリスクは増えるかも~

産業医がストレスチェックの実施者になり,労働者の自殺のようなケースが生じたとしても,産業医が損害賠償責任を負わされることはまずありえないと思います。さらに,高ストレス者に対して「医師面接の勧奨」を1~2回でも行っていれば,よりリスクは減るでしょう。

そうは言っても,誰を訴えるかはご遺族・弁護士が自由に決定することですから,「裁判で負けはしないが,訴訟には巻き込まれる」リスクは,ストレスチェックをきっかけに増加すると私は思います。ストレスチェック制度が,法律として定められ企業・産業医の責任が重くなる中,「会社だけじゃなくて,健康管理・メンタル管理に携わるべき立場にあった産業医も被告に入れておこう」と考えるご遺族・遺族側弁護士がいても,おかしくないでしょう。

なお、リスクの観点のみから言えば、高ストレス者に対して面接をする医師の方がリスクは高いと思われます。医師面接を行って、その後すぐに労働者が不幸にも自殺してしまった場合、なぜ見抜けなかったのか・会社への就業配慮意見は適切であったのかという点などを、ご遺族から追及されるおそれは多分にあると思われます。

 

 

 

 

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