上司との出張はストレス大!移動時間も労働時間になる?

2020-10-03

前回の記事の通り、移動中に仕事をしている場合は別にして、原則的には出張前後の移動時間は労働時間にはならないというのが通説です。

しかし、最近の労働判例(2020年10月1日号 No.1225)に、移動時間も労働時間になると判断された裁判例が掲載されていました。
過労自殺の事案であり、今年の2月頃には大きく報道されていた事件です(新聞記事へのリンク)。

 

本当に悲しい事件…

初めに、お亡くなりになられた女性の方に、心から哀悼の意を表します。判決文の中に、本人が書いた、おそらく家族に向けたであろう書置きの一部が載っていました。
そこには「ごめんね 会社をうらんではいけません 今まで長い間お世話になった所だから 感謝しなさいね」と書かれています。
被告(会社側)の主張部分に「被告らとしても創業時から被告会社へ多大な貢献をしてくれた○子には大変感謝しており、哀悼の意を表するものであるが…」とあるように、お亡くなりになった方は、同族経営の会社のなかで、出荷を統括管理する部長として長年会社へ貢献されてきたようです。
会社での出来事を原因として自死しようとしている直前にも関わらず、「会社をうらんではいけない」「感謝しなさい」と紙に綴っている、その状況や胸中を想像すると、本当にいたたまれない気持ちになります。

 

上司と移動する出張について

さて、本件では、遺族は会社に対し、安全配慮義務違反に基づき損害賠償請求をしているわけですが、その判断の前提として、どのような心理的負担があったのかが問題となりました。業務上の心理的負荷としては、「上司からの叱責」のほか、「長時間労働」の有無が争点となりましたが、労働時間を認定する中で、出張中の移動時間について次のように評価されました。

 

出張スケジュール

○月7日:翌日の大阪でのスーパーの店頭販売に備え、代表取締役とともに午後から高知を立ち、飛行機で大阪入り。大阪のホテルで前泊する。

○月8日:午前10時頃にホテルを出発し、その後大阪のスーパーで店頭販売し、15時にスーパーを出て、帰路に着く。

裁判所の認定

7日については、午後の所定就業時間である午後1時から午後5時までを、8日については午前10時から午後の所定終業時刻である午後5時までを、労働時間に算入する。(←原告の主張通り認められています。)

 

原則通りであれば、移動中に仕事をしていた等の事情もない本件においては、前泊するために高知から大阪へ移動した7日の移動時間については、労働時間に該当しないはずですが、労働時間として認定されています。

その理由として、裁判所は以下のように述べています。

『労基法上の労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、かかる意味での労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である』(三菱重工長崎造船所事件の規範)

『そして、業務の過重性を判断する上でも、このような実労働時間を前提に判断するのが基本的には相当であるといえるから、これを前提に、○子の被告会社における始業時刻、終業時刻及び休憩時間を認定し、時間外労働時間を算定することとするが、あくまで業務の過重性を判断するという点に留意して、該当性を評価し、認定を行うものである。』

部下が上司とともに移動する形態での出張については、移動中も部下は心理的、物理的に一定の緊張を強いられることが通常であって、心身への負荷がかかるから、移動時間も労働時間として算入するのが相当である。

 

今回のケースから学ぶ、会社・産業医が気を付けるべき点

前回の記事の冒頭に、「出張が多く拘束時間が長いが、労働時間としてカウントされた時間は長くはない」人のケースについて触れました。
このような方々に対し、ともすると、会社や産業医は、「残業が20時間くらいなんだから、大したことはないだろう。」「万一、体調を崩すようなことがあっても、残業時間が短いから、労災認定なんかにはならないだろう。」思ってしまうかもしれませんが、それはリスキーな対応であると言えます。

なぜなら、そもそも、国の「脳・心臓疾患の認定基準」においても、労災か否かを判断するうえで、「出張の多い業務」は「労働時間以外の負荷要因」として挙げられているからです。

さらには、今回の事案のように、「上司と一緒に出張に行っている」ようなケースにおいては、移動時間自体が労働時間としてカウントされる可能性があります

 

では、上司と移動すれば、残業代請求できるのか?

今回の裁判で、移動時間が労働時間としてカウントされたのは、上記の赤文字部「…時間外労働時間を算定することとするが、あくまで業務の過重性を判断するという点に留意して、該当性を評価し、認定を行うものである。」とあるように、業務の過重性を判断する中でカウントされている点に注意する必要があろうかと思います。

つまり、労働者が「上司と移動した時間についても、残業代を払え」といって裁判した場合においても、残業代の算定に関して、その移動時間が労働時間として認定されるかどうかまではわかりません。
今回は「業務の過重性を判断するうえでの労働時間」の認定であるため、「移動中も部下は心理的、物理的に一定の緊張を強いられるから、労働時間」とかなりざっくりと認定されていますが、これが残業代となると、もっと仔細に「労働者が使用者の指揮命令下に置かれているかどうか」が検討されるのではないかと思われます。
なぜなら、もし、裁判所が「上司との移動はストレスかかるから、その時間全部が労働時間になるから、賃金払ってね」と言ったら、当然会社側としては納得せず、「そうは言いますけど、仕事とは無関係にスマホいじっている時間もかなりありました」「弁当食べている時間もありました」「ボーっと車窓を見ている時間もありました」「移動時間全部が労働時間とか、秘書でもないのに、ありえないだろう」という話になるからです。

以下、本件とは離れた、一般的な話です。
特に気の合わない上司との出張における移動時間は、(そのような経験がほぼ無い私が想像しても)大変ストレスフルだろうなと思います。
1年ほど前の話ですが、私が新幹線で移動していたら、8列ほど後ろの座席から、仕事のやり方について説教する声が聞こえてきました。1人の男性の声しか聞こえず、あまりに大声だったので、電話が遠くて大声で話しているのだろうと思い、通りかかった車掌さんに「後ろの人がずっと大声で10分以上電話してて、うるさいので注意して下さい」とお願いしたら、数秒後、「ただ仕事の話しているだけだろう!私に注意するとは、お前は何様だ!不愉快だ!」と逆切れする声が聞こえてきたことがありました。どんな人なんだろうと、トイレに行くふりをしてこっそり見に行くと、何と、初老のいかにも経営者風の男性が、若い女性に対し、一方的に説教しているのでした。女性が萎縮して無言・小声だったため、私には男性の声だけが聞こえ、電話で話をしていると勘違いしていたのでした。
そこまでのケースはまれだとしても、苦手な上司と、隣同士の席で数時間一緒に過ごすというのを、苦痛に感じる人は多いのではないかと思います。苦手でなくても、長時間上司の横に座るのは苦痛だと思う人もいるでしょう。

コロナ禍によって、出張が減ったことを喜んでいる人は実は多いのかもしれません。
働きやすい環境を作り、人材獲得・リテンションにつなげるには、「無駄な出張は削減」「極力可能な範囲でオンライン打ち合わせ」も必要な時代なのかもしれません。

 

 

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