「労働者の心身の状態に関する情報の取扱い」と「産業医の責任」

2018-06-13

検討会が開催されています

先日の記事でもご紹介しましたが、現在厚生労働省で「労働者の心身の状態に関する情報の取扱いの在り方に関する検討会」が実施されており、本日時点(2018年6月13日)で、3回の検討会が既に実施されています。

労働安全衛生法の改正を含む働き方改革関連法案は、現在参議院で審議中ですが、もし成立した場合、安衛法104条で「労働者の心身の状態に関する情報の取扱い」が新たに追加され指針も公表されることになっていますので、本検討会の内容が反映されるものと思われます。

検討会議事録を見ると、様々な議論がなされていますが、やはり論点になっているのが、

『企業が扱う健康情報には様々な種類のものがあるが、その種類ごとに、どのレベルの職位の者が情報にアクセスすることが許されるのか、どのようなルール決めが適切なのか』

という点です。

 

誰がどの範囲の情報を扱うのか?

法律や指針等で決まっているもの、例えばストレスチェック制度については、比較的情報の取扱いが明確です。
事業者が取り扱うことが当然想定されているものには、第3回骨子案の筆者マーク部分のようなものが存在します。
しかしそれらについても、「事業者」とは何なのか、具体的に誰を指すのかについては、ルール決めの余地があります。
例えば「高ストレス者面談後の医師の意見書」が会社に出された場合、誰がその意見書を見ても良いのかについては、法や指針で決まったものはありません。
ストレスチェックマニュアルでは、『面接指導結果の取扱い(利用目的、共有の方法・範囲、労働者に対する不利益取扱いの防止等)については、あらかじめ衛生委員会等で調査審議を行い、事業場のルールを決めて、周知しておきましょう。』と記載されおり、労使間で合理的な範囲内であれば自由に決められるのです。
厚労省のストレスチェック規程例では『人事労務部門内のみで保有し、そのうち就業上の措置の内容など、職務遂行上必要な情報に限定して、該当する社員の管理者及び上司に提供する。』となっているため、それをそのまま自社の規定としている会社がほとんどですが、直属上司によるケアを最重視して直属上司も医師意見書を見ることができるというルールにしても、不合理・違法とは言えないでしょう。
(本人同意により会社に提供されたストレスチェック結果については、法的拘束力のある指針にて「当該労働者の上司又は同僚等に共有してはならない」とありますので、上司に見せると違法となると思われます。よって医師意見書を上司に見せるとしても、点数の部分は黒塗りにした方が良いでしょう。)

このように、ストレスチェックのように最近法制化され、労働者のプライバシー保護に関する決まりが比較的明確なものについても、色々とややこしい点が存在します。

さらには、ストレスチェックほど、法律・指針でがっちりとルールが決まっている訳ではないものも多く、それらについても労使間で衛生委員会等で審議して一定の枠内で自由にルールを決めていく流れになろうかと思います。ただ、「労使間で自由に決めて」と言っても、普通の会社では心身の個人情報の取扱いに精通した人材もおらず判断に迷うでしょうから、その際の参考・目安になるようなものを検討会で作って下さるのだと思いますが、骨子案や議事録を見ていると、そう簡単にあっさりと決まるものではなさそうです。

例えば、労働者の健康情報の取扱いに関する実施事項の骨子案が、厚労省事務局から出されていますが、検討会を重ねるごとに、その内容も変わってきています。
第2回検討会での骨子案では、健康情報ごとにどのような対応が考えられるのかをあらわした表が初回の骨子案から追加されましたが、「可能」とか「不可能」とか分かりにくい等の声があがり、第3回骨子案では早速無くなってしまいました。

また、検討会での三柴先生(産業保健法がご専門の大学教授)の以下のご発言からも、それがうかがえます(太字・赤字部分については、筆者が強調)。

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三柴委員:
過去の通達等がいってきたことって、実をいうとちょっと矛盾があるように思うのは、一方では、健診情報等は、実施者が事業者だから、事業者に帰属するのが当たり前であると言っている。だけれども、健康情報なので、プライバシー保護が必要などの趣旨から、情報は加工して、事業者がアクセスするにも、加工情報に限定することが望ましいと言っているものもあったのですね。
そうすると、まず整理しないといけないのは、情報には法的に所有の概念はないのだけれども、帰属という言葉で、誰が一次的に取り扱うべきかは論じられると。実際、健診については、事業者に実施が義務づけられ、事業者が費用を負担していることからも、その結果情報の帰属性はやはり事業者にあると。にもかかわらず、そこにアクセスできる情報を制限することは法的に可能か、また現実的に妥当か、という問題になると思います。
私自身は、実をいうと、健康管理の必要性と、それから情報の帰属性の問題から、情報加工まではいいと思うのですけれども、そのアクセス自体を制限してしまうというのは難しいのではないかと考えているのです。

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つまり、『健康診断の法定項目』という基本的な情報について考えてみても、上記のように法学者から見ても難しい論点もあり、例えば『衛生委員会で労使で話し合って、「産業保健スタッフ以外は健診データを見れないことにしました」』ということにして果たしてOKなのか、何も問題は生じないのか、難しい問題なのです。

 

産業医の責任増大に繋がるか?

例えば、私が少し考えてパッと思いつくだけでも、

『高血圧の人が、月100時間以上の長時間残業をして脳出血で亡くなった』(例えば、システムコンサルタント事件のようなケース)ような場合、どうなるのだろうと思います。

つまり、衛生委員会で労使間で取り決めたルールで、会社が健診データにアクセスすることが禁止されていた場合、会社の責任度合いに影響するのかということです。
上記システムコンサルタント事件の判決でも『このこと(会社の配慮義務)は労働者から業務軽減の申出がされていないことによっても、何ら左右されるものではないというべきである。また、本件においては、医師による業務軽減の指示がされていないか、使用者が選任した産業医が使用者に対して業務軽減の指示をしなかったという点も、一審被告(会社)の前記業務軽減措置を採るべき義務の有無に消長を来すことはないというべきである』という判示されていますが、会社が法定健診項目(血圧)へアクセスできない場合でも、結論は同じなのかということです。

会社としては、責任を回避するために「自分たちは、労使間のルーㇽで、健診の法定項目データも見れないので、高血圧だと知りようがありませんでした。本人も何も言ってこなかったです。就業判定をした産業医も何も言ってこなかったです」と主張しないでしょうか?
データも見れない、産業医も何も言わなかったのであれば、会社に予見可能性がないため安全配慮義務違反は無かったということにはならないでしょうか?

また、会社がデータを見れない以上、産業医がデータを加工した上で会社に情報提供(就業上の配慮の必要性の助言等)したかどうかが重要なポイントになりますが、その場合、産業医の責任に影響を及ぼすことにはならないでしょうか。つまり、「会社が知り得ない状態」になる以上、その部分の責任が、全ての情報にアクセス可能な産業医にかかってくるのではないかということです。
もしかすると、上記のようなケースのご遺族は、会社に責任を問えないとなると、職務懈怠した産業医の責任を問おうということになるかもしれません。また、会社と家族が和解した上で、その費用の一部を、会社が産業医に求償してくるようなケースに繋がる可能性もゼロではないように思います。

まさにこれは、ストレスチェック法制化時にも、多くの産業医の先生方が懸念していた産業医の責任増大論に似ているところがあるように思います。
ストレスチェック制度においては、労働者のプライバシーがかなり強く保護されており、本人の同意なく、結果や高ストレス者であることを会社に伝えてはならない(産業医の言動により会社に推測されてもいけない)ことになっていますので、もし万一労働者に不幸が起きてしまった場合、産業医としては「法的に保護された本人のプライバシーを侵すわけにはいかず、会社に何も言えなかった。」「本人が、面接を希望しなかった。」「ストレスチェックの主目的は、セルフケアであり、病気の発見ではないことは、厚労省も強調している。」などの弁明があり得るかもしれませんが、健診法定項目等については「加工した上で会社に情報提供する」というルート・産業医の取り得る選択肢が残されています(高血圧であることを、会社に絶対知られてはいけない訳ではない)ので、ストレスチェック制度よりも産業医の責任に繋がりやすいのではないかとも思われます。

 

「労働者の心身の状態に関する情報の取扱い」は、今後、産業医による健診の就業判定・事後措置のあり方にも影響してくるかもしれません。今よりも一層、産業医から会社に情報を加工した上で積極的に提供していかなければならなくなるかもしれません。会社の自由な情報収集が制限される以上、会社が安全配慮義務を履行するには、産業医がどれだけ適切に会社に情報提供できるかが重要になってくるため、そこには、より一層の責任が求められると言えるかもしれません。
(また、違う視点から考えると、産業医が機能してない事業場において、会社が情報収集できないルールにした場合、誰も情報を適切に管理できていない状態になり、労働者の安全確保等が不十分となり、労働者のためにならないことにもなりかねません。)

以前のブログでも書きましたが、今回の産業保健関連の法改正で、世間的には高プロでしょうが、個人的に最も注目しているのは「労働者の心身の状態に関する情報の取扱い」についてです。今後も注目していきたいと思います。

いずれにせよ、心身の個人情報の取扱いについては、現状曖昧な部分がかなり多く、適切な取り扱いルールにより、労使・産業医ともに安心して働ける環境作りに繋がっていくことを望んでいます。

 

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