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衛生委員会におけるメンバー推薦の重要性

2019-12-23

前回のブログの続きとして、私が最近経験した労基署からの是正勧告・指導事項について、順に見て行きましょう。

 

2019年安衛法改正と衛生委員会

2019年の安衛法改正で、衛生委員会のメンバー構成(厚労省資料へリンク)が変わったわけではありませんが、「(安全)衛生委員会」というワードが関わってくる改正部分は、以下のように複数存在します。

・事業者は産業医から勧告を受けた場合、勧告内容と講じた措置内容を衛生委員会へ遅滞なく報告する

・産業医の辞任・解任時に衛生委員会へ報告する

・産業医は、衛生委員会に対して調査審議を求めることができる

・事業者は、衛生委員会の開催の都度、委員会の意見・当該意見を踏まえて講じた措置の内容・委員会における議事で重要なものを記録し、保存する

・長時間労働により面接指導を行う義務がある労働者以外の労働者に対する、必要な措置の実施に関する基準を定める場合は、衛生委員会で調査審議する(←ややこしい書き方になっていますが、要は、残業が80時間を超えて本人希望がある場合等は医師面接が義務となりますが、それ以外で健康への配慮が求められる人に対して何らかの措置(例えばセルフチェックシートを配って、結果が悪い人だけ医師面談をする等)を行う場合は、どのような基準で対象者を選ぶか(例えば、残業45時間以上の人にチェックシートを配る)について、衛生委員会で調査審議するということです。)

・産業医が、労働者の健康管理等を行うために必要な情報を労働者から収集する際の情報の取り扱いについて、衛生委員会で調査審議する

・健康情報取扱規程の策定において、衛生委員会で調査審議する

 

このように、ストレスチェックの時もそうでしたが、何かにつけて衛生委員会へ報告、調査審議するという形になっています

 

衛生委員会メンバー推薦手続きの重要性

このように衛生委員会が重視・尊重されている理由の根本には、以下の条文の存在があります。

労働安全衛生法17条4項
事業者は、第一号の委員以外の委員の半数については、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合があるときにおいてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときにおいては労働者の過半数を代表する者の推薦に基づき指名しなければならない。

すなわち、衛生委員会のメンバーの半数は、過半数労働組合であったり、過半数代表者の推薦で選ばれているのだから、そこで調査審議して決定した事項であれば、「会社が一方的に勝手に決めた」のではなく、「労使双方の議論のもと、同意・決定した」という形になるため、衛生委員会での報告・調査審議が重視されているのです。

逆に言うと、ちゃんとした選任の手続きが踏まれていない場合は、衛生委員会の公平性が担保されていないため、問題となります。

 

衛生委員会のメンバー構成・推薦に関する労基署の指摘

実際、その点を労基署から是正勧告されたケースも最近報道されていました。

――――――――
広告大手、電通の東京本社(東京都港区)が、労働基準法と労働安全衛生法に違反したとして三田労働基準監督署(東京)から今年9月に是正勧告を受けていたことが分かった。(略)社員の安全や健康を確保するために社内に設ける安全衛生委員会の運営に際し、最低1人を委員とすることが義務づけられている産業医をメンバーに入れていなかった。委員のメンバーの半数を労働側委員にしなければならない規定にも違反していた。経営側委員が半数以上を占め、経営側の意見が通りやすい状況になっていた。

2019年12月5日 朝日新聞
――――――――

私が実際に経験した事例では、社内の各部署からそれぞれ代表者(経営側でもなく、管理職でもない一般職の方)に出席してもらい、10人程が参加し各部署で働く人を代表して色々と意見を述べてもらっていたにも関わらず、過半数代表者からの推薦を受けていないと労基署に指摘され、是正勧告を受けたケースがありました。

このような事態を避けるためには、過半数代表者の方に推薦してもらう手順を確実に踏みつつ、過半数代表者の方に推薦状に署名してもらって書面として残しておけば、労基署から確認を受けた場合でも、推薦状を見せればスムーズに納得してもらえます(衛生委員会、推薦状などのキーワードでネット検索すれば、フォーマットも複数出てきます)。

このように、衛生委員会をちゃんと開催しているか、議事録を作成し周知しているかという点以外にも、メンバーを適切に選出しているかについても労基署から問われますので、注意が必要です。

労働者の健康情報を産業医から会社へ伝えることについて

2019-03-29

(この記事は、前回の記事の続きです。)

会社での健康情報の取扱いとプライバシー保護の両立は難しい問題

会社の中で、誰が(具体的には社長、人事部長(人事部員)、その労働者の管理監督者等)健康情報を取得し利用してよいのか、いままではグレーな部分が結構あったように思います。

私が実際に経験したケースでも、ストレスチェック高ストレス者面接指導の結果を、社長や人事部長が見ているケースがあり(それ自体は、その会社のストレスチェック規程にも定められており、法的に問題は無い)、そうなることを面談希望した労働者が知らなくて、揉めかけたケースがありました。

ストレスチェックにおいては、各社に規程があるはずですので、その内容を見れば労働者は自分の情報がどこまで共有されどのように扱われるのか知ることができ、また、適切に規程を周知しているのであれば「労働者も知っているはず」と言う前提で話が進めることができますが、ストレスチェック以外については規程を定めている会社はおそらくほとんどないため、今回の法改正で、そのあたりをしっかり定めましょうとなっているのです。

 

私は産業医ですので、産業医面談について考えてみても、『産業医面談の位置付けって、そもそも何なのか』について、労働者側、会社側、産業医側の3者間で認識のずれがあり、トラブルになるケースもあるように思います。

 

すなわち、労働者の中には、「産業医面談って、病院で診察受けるのと一緒でしょ。つまり、守秘義務があるから、面談で話したことって、外には漏れないんでしょ。病院で先生に話したことが、自分の許可なく、会社やご近所さんに伝わるなんて、ありえないのと一緒でしょ。」と考える人もいます。
そこまで考えていなくても、自分の健康情報が会社へ伝わるのはイヤだというのは、一般的な感覚であり、そのことは、ストレスチェック制度において面接内容・結果が会社へ伝わることになる医師面接を自ら希望する人は、受検者の数%に過ぎないことからも明らかです。

 

一方、会社側にしてみれば、職場で問題がある(例えば、頻回に遅刻して明らかに体調面に懸念があったり、感情の起伏が激しく上司・同僚と頻回に問題を起こす等)から産業医面談を受けさせているのであって、面談内容・結果について、労働者が同意しないこと等を理由に一切知らされないと、何のために面談しているのか分からないし、適切に安全配慮義務を履行できないとなります。

 

また、産業医側においても、様々な考えの医師がおり、

①産業医業務を病院・クリニックでの業務と同じように考えており、会社から面談内容について報告を求められても「守秘義務があるから一切言えない。労働者も伝えないでくれと言っていた。」と突っぱねる産業医

②会社に聞かれるがままに、または聞かれていないことまで、何でもペラペラとしゃべる産業医

③通達やガイドラインに従って、面談で聞いた内容を、本人のプライバシーにも配慮しつつ会社が安全配慮義務を適切に履行できるよう加工し、会社へ伝える産業医

に分かれます。

 

同意はいるとは思うけど、どうやって取ればいいの…?

産業医(私)にしてみれば、③が正解なのは分かるけど、適切に加工さえすれば事業者に伝えていいのか、本人同意はどこまで必要なのかについて、かなり悩ましいところがあったのは事実です。
すなわち、法定外の事項に関して、事業者が産業医から健康情報を取得する際には、本人同意が必要なのか、また必要だとしてどのような同意取得方法が求められるのかの問題です
(「会社が産業医から情報を収集すること」と「産業医が会社へ情報を伝える」ことは、裏表の関係にありますので一緒に考えます。)

 

なぜ悩ましいのか、それは、従前からの通達・ガイドラインには策定手引きの28ページの一番上にも載っているように、『事業者は、法令に基づく場合等を除き、労働者の健康情報を取得する場合は、あらかじめ本人の同意を得なければならない』となっていますが、会社が労働者に対し、産業医から情報を取得することに関してあらかじめ本人同意を得ているケースはまれだからです。

法令等に基づく場合(個人情報保護法17条2項各号)には、同意は不要となりますが、法令に基づくといえるのは今回の策定手引き34ページの表のピンク、黄色の情報の取得であり、「一般的な産業医面談で得られた情報」(表の18番)を本人同意なしで会社が産業医から取得するのはまずいのではないかと以前より思っていました。

安全配慮義務(労契法5条)の履行という法令に基づいての取得なので同意はいらないと言える可能性もわずかにはあるのではないかと思っていましたが、今回の指針により、明確に否定されました(18番の情報等は、緑色で、収集には本人の同意が必要となっています)。

 

では、同意を取りましょうかという話になったとします。
しかし、私の経験上、ストレスチェック高ストレス者面談前に「面談の内容のうち必要なものは、会社へ伝わり、適切な就業上の配慮へ繋げますよ。いいですか?」といった同意書を(規程での明記に加えてさらに)念のために取っている会社は結構ありますが、通常の産業医面談時に同意書を取っている会社はほとんど見たことがありません。

その理由としては、おそらく、産業医面談開始前に会社が労働者に(又は会社に代行して産業医が)毎回、「産業医面談で話した内容を、産業医が加工した上で、会社へ伝えることに同意しますか?」と聞いた場合、特に事例性(勤怠乱れ等)が生じているため無理やり不本意ながら産業医面談を会社から命じられた労働者の場合には、そもそも不同意とするか、同意したとしても面談後の不利益取扱いを警戒して(今回の指針にて禁止はされていますが(後述※))、面談で自由に話ができなくなるからではないかと思われます。
産業医視点で考えても、面談したものの「この内容は、「全て」会社には伝えないで下さい。」と労働者に言われてしまった場合、労働者の悪い病状を知ってしまったものの、何ら従業上の配慮に繋げられず自分だけで抱え込まなければならない、本人の体調を心配した会社から、どうでしたかと聞かれても「本人の同意がありませんので、何もお伝え出来ません。産業医からは何も言えないので、自分たちで考えて下さい。」と突っぱねるしかない(そして会社からは「なんだこの産業医。存在価値無しだな。」と思われる)と言うジレンマ状態に陥ります。

そこで実際には、事前同意をわざわざ取ることはあまりせず、産業医から事業者へ情報を伝える際にはプライバシーにも配慮し不利益に取扱われないよう適切に加工しつつ、安全配慮義務履行上必要な情報については確実に会社へ伝えるという、微妙なさじ加減の上で行われてきたのが実情ではないかと思います。

 

このような事情の中で、なんとなくグレーに行われてきた会社と産業医間での健康情報の取り扱いが、今回の法令→指針→労使間の取扱規程により、『同意取得の方法』、『不利益取扱いの防止(指針の2(8))』が明確化されたことで、産業医としてはやりやすくなる部分もあるのではないかと思います。

 

(※)ストレスチェック指針においては、「労働者に対する不利益な取扱いの防止」を規程に定めるようになっており、厚労省のストレスチェック規程例でも7章丸々使って、不利益取扱いを禁止しています。そして実際、各社のストレスチェック実施規程を見ても、不利益取扱いの禁止が定められています。
しかし、今回の指針では、「労働者に対する不利益な取扱いの防止」は、指針の中で言及されてはいるものの、規程に定めるべき事項には含まれておらず、厚労省規程例にも項目自体ありません
この辺り、労使間の駆け引きが見受けられ、興味深いところです。
やはり健康情報をどう扱うかは労使にとってシビアな話であり、労働者の健康状態によっては労働条件や雇用に影響し、労使紛争になっているケースも現実として多く存在します。代表的な労働判例雑誌である「労働判例」において、今年に入ってからこの記事を書いている3月末までの内容を見てみても、メンタル不調に関する判例が毎号掲載されており、新春合併号の特集に至っては「休職・復職をめぐる裁判例と課題」となっています。
その労使の間で活動しなければならない産業医は、非常に難しい立場にあると言えるでしょう。

 

 

それでも残る疑問

上記の例にも出しました、手引き34ページの表の18番の情報、すなわち『産業保健業務従事者(産業医や保健師)が労働者の健康管理等を通じて得た情報』(=例えば、「Aさんは仕事のストレスで最近眠れていない」)を、例えば管理監督者が知り・取扱うためには、どのようにすれば良いのか考えてみます。

18番の情報は、緑色ですので、法令によらずに事業者が収集するものであり、取扱いには本人同意が必要になります。同意の取り方としては、規程例には以下のように書かれています。

『本人が、情報を本人の意思に基づき提出したことをもって、取扱いに関する本人同意の意思が示されたものと解する』ことになりますが、これを産業医面談を通じて得た18番の情報に当てはめた場合(緑色の17番(復職面談の結果)、14番(通院状況等)などにおいても同様)、

①労働者が産業医へ、病状などを口頭で伝えた場合、それは『本人の意思に基づき提出』に該当すると考えてOKか。

②『産業医により適切に加工された情報が、産業医から「△」の担当者(=社長や管理監督者等)へ提供されること』に同意したと考えてOKか。

の疑問が残ります。

 

2つともOKなのであれば、産業医としては、非常にやりやすくなります。つまり、「ストレスで眠れていないことを、職場での業務負荷軽減に繋げる目的で、上司に伝えてもいいですか」等と逐一確認しなくても良いということになります。

18番の情報について、産業医「○」、管理監督者「△」と規程で決めた場合、「△」の定義は規程にあるように「情報の収集、保管、使用を行う。なお、使用に当たっては、労働者に対する健康確保措置を実施するために必要な情報が的確に伝達されるよう、医療職が集約・整理・解釈するなど適切に加工した情報を取り扱う。」なのですから、当然、加工された情報が産業医から管理監督者へ伝わることが予定されている規程であると言え、労使間でそのような取り決めがなされた規程が作成されて周知されている以上、産業医面談を受ける労働者は、情報が伝わることを当然予測できると言えるでしょう。
産業医に口頭で自分の情報を提供したということは、産業医↔管理監督者での情報の適切なやり取りをも含んだ、規程に沿った情報の取扱いに、労働者は同意したと解す余地もありそうです。

 

一方で、規程例の別表5が想定しているのは、「がん検診などの法定外の項目を、労働者が会社へ任意に提出してきた場合には、いちいち同意確認を本人へ取らなくても、その情報を事業者が収集し、規定に沿って取扱うことに同意したと解してOKですよ」というケースや、策定手引き10ページのような「治療と仕事の両立支援のために、労働者本人が勤務情報提供書に対応した主治医意見書を事業者に提出した場合」等であり、産業保健スタッフが得た病状等の情報が加工されたものを、事業者や管理監督者が取得することに同意したわけではないという考えも、十分にあり得ます。
また、指針には『労働者本人が自発的に事業者に提出した心身の状態の情報については、「あらかじめ労働者本人の同意」を得たものと解される』と書かれており、産業医へ話すことを「自発的に事業者へ提出」と同視するのは無理があるとも思えます。

 

以上、長々と書いてはきたものの、「法定外の事項に関して、事業者が産業医から健康情報を取得する際の、本人同意の取得方法」について、今回の法改正によって結局どう考えるのが正解なのか、私にはよくわかりません。

 

いずれにせよ、書面や口頭で本人の明確な意思表示を取っておけば間違いないのでしょうが、実務上、産業医・保健師面談ごとに毎度それを行うべきなのか、上記の通り難しい面も残ります。
今までは、グレーなままでやってきた会社・産業保健スタッフも多いと思いますが、今回、従前のガイドライン・通達レベルから、明確に安衛法に沿って労使間で規程化されるわけですので、同意をとらずに事業者が産業医から情報を収集した場合(産業保健スタッフが会社へ伝えた場合)、安衛法違反・規程違反であると言われてしまう可能性も解釈によっては出てくるのではないかと思います。

そこで、このようなグレーを無くすためには、毎回(又は一連の面談の初回に)、事業者↔産業医での情報共有に関しての同意書を取ったり、「労働者が産業保健業務従事者へ健康情報を提供した場合は、適切に加工されたその情報を、事業者が収集等することに同意したものと解する」と規程で定めることも考えられます。
ただ、そのように規定しても、労働者が『同意したものと解する』ことに反対(情報収集等に不同意)した場合どうするのかという疑問は残ります。
その場合でも、既に事例性が発生しているようなケースにおいて安全配慮義務を適切に履行するために、会社として健康情報を収集等したいのであれば、厚労省が公表している長時間労働者、高ストレス者の面接指導に関する報告書・意見書作成マニュアルに記載されている、厚労省お墨付きの以下の一文

本人が事業者への報告を拒否した内容についても、本人の安全や健康を確保するために不可欠であると考えられるものについては、事業者が適切な措置を講じることができるように健康情報を労務管理上の情報(就業上の措置に関する事項)に加工するなど、労働者本人の意向も十分配慮した上で報告します。』
『報告書に書いてもらいたくない内容があればおっしゃってください。ただし、あなたの健康を守るために不可欠であれば、事業者に伝えなければならない場合があります。』

のような内容をあらかじめ規程に組み込んだりすることも考えられます。

(マニュアルのこの一文は、本当に法的にOKなのか、個人的に少し心配な面もあります。
もし仮に、私が労働者の立場で面談を受けたとして、産業医面談で色々と話をした後に、産業医から上記マニュアルのセリフを言われたら、「私が会社に伝えないでって希望しても、健康を守るために不可欠と先生が判断すれば、結局会社に伝えるんかい!」「健康を守るために不可欠って、どのレベルなん?そんなん先生の一存ちゃうの?」とツッコミたくなると思います。
「あなたの健康を守るために不可欠」「報告を拒否しても」ということが、個人情報保護法の「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合」「同意取得が困難」の要件に該当するので同意なしで取得・報告OKということだと思いますが、本来、法律のプロではない産業医がその点を判断すると広く解釈しがちなのではないでしょうか。
「健康を守るため」と聞くと、普通の医師の感覚からすると、個人情報保護法で想定される「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合」(急病、大災害、事故、緊急時など)より、かなり広い範囲が含まれると解釈してしまうと思います。ただ、国が出している面接担当医向けのマニュアルにわざわざ記載していることなので、この文言で大丈夫なのでしょうが…。)

今後、弁護士の先生などの策定手引きの解説等も、ストレスチェックの時のように、労務系雑誌などで掲載されることもあろうかと思いますので、引き続きフォローしていきたいと思います。

「健康情報等の取扱規程」を策定するための手引きが公表!

2019-03-28

本日2019年3月28日、(私だけかもしれませんが)やっと待ちに待った「労働者の心身の状態に関する情報の取扱規程例」が公表されました(厚労省HPへリンク)。

4月1日からの法令施行ですので、残すところあと4日(土日を除くと2日)のタイミングでの公表となりました。施行日に間に合わすのであれば、企業の人事労務担当の方は、猛スピードで準備しなければなりません。

単に、規程例の雛形のみが公表されるのではなく「手引き」という形で、解説付きの35ページの冊子になっており、非常に分かりやすい内容になっています。
基本的には、厚労省の規程例を、いわゆる丸パクリして導入してもおそらく大丈夫だと思います(後述しますが、現状、規程に反する取扱いが存在する場合は、今後は止める必要は出てきますが…)。それくらい完成度の高い手引き・規程例だと感じました。

ですので、手引きの内容は読めばわかるということで、以下の記事内容は、産業医兼社労士の立場から、少しマニアックな視点で掘り下げています。

 

 

取扱規程策定で、今後どうなるのか?

こちらのブログ記事にも書いていますが、今までグレーの面も多かった健康情報の企業内での取扱いですが、今後、規程を定めることにより「その取扱い方は、白なのか黒なのか」がはっきりしてきます。

この規程例をそのまま導入する企業が多数だと思いますが、そうすると、おそらく私の感覚では、「現状のその取扱い方、黒ですよ!」というケースが頻発するのではないかと思います。

 

この規程のポイントは、

①どの情報を、どのレベルの人が、どのように取扱うのか

②労働者の「同意」

だと思いますので、以下検討します。

 

どの情報を、どのレベルの人が、どのように取扱うのか

手引きの7~8ページと、それを表にまとめた規程例の33、34ページがこれに当たります。

 

この規程のポイントは、34ページの表に集約されていると思います。

表においては、

どの情報:ピンク、黄、緑

どのレベルの人:担当ア、イ、ウ、エ

どのように(情報へのアクセス権限):◎、〇、△

と区分されています。

 

以前のブログにも取り上げましたが、産業医が就業判定をするために健診結果を見ていると、どこからともなくやってきて「ウチは肝臓が悪い人が多いでしょうー。営業で酒の付き合いが多いもんで。でも、結果が悪い人には、酒を控えるよう私から言っているんですわ!」と言う50人程度の会社の社長さんのケースを考えてみます。

従業員の健康を考え、忙しい中、健診個人結果票に目を通して、結果が悪い従業員にはひと声かけている、部下思いの社長です。

何百人レベルの会社になると、社長が結果を全て見ているというのはあまり無いですが、50人程度だと、経営者と従業員の距離も近く、全ての健診結果に目を通しているケースもあるのではないでしょうか。

 

このケースを規程例34ページの表で見てみると、健診結果は②の「黄」に区分され、社長は「担当ア」となり、権限は「△」となります。

つまり社長は「△」ですので、健診結果を直接見る(=「使用」(閲覧含む)する)ことは規程違反であり、「閲覧にあたっては、医療職が適切に加工した情報を取り扱う」ようにしないといけないのです。

 

「△」の制約の中で、社長が適切に情報を取り扱うためには、健診個人結果票は産業医のみが見るようにして、肝機能が悪い人がいた場合には、産業医から「○○さんは肝機能が悪化しているから、酒席はほどほどに」等と教えてもらう形にする必要があります。

 

(この話は、社長のみならず、支店長や部長など管理監督者にも当てはまります。)

 

 

さて、では、今後社長はどうすべきか

「△」のまま、いままで通り見続ける

おそらく、今回の法改正を熟知し、取扱規程を読み込んで、「社長、おかしいじゃないですか!私の健診結果見ないで下さいよ!規程違反ですよ!」と言ってくる従業員はいないと思いますので、見続けても問題が表面化するケースはあまりないかも知れません。しかし、やはり規程・ルールとして定めた以上は守るべきであり、見続けるのは不適切でしょう。

なお、産業医の立場から考えても、今までは正直なところ、上司や人事労務担当者に対して、Aさんの個人結果票を指さして見せながら「Aさんの血圧は、ここに書いている通り192/120で、まずいですよ。絶対病院に行かせて下さい。」等と話すようなこともあったかも知れませんが、そのようなやり方も「△」であれば規程違反で不適切(生データは見せずに、高血圧の事実のみ伝えるのが正しいやり方)となろうかと思います。
生データを伝えることは、今までも通達・ガイドライン等により避けることが望ましいとされていましたが、今後策定される労使間の規程内容次第では、明確に法的にNGとなります。

 

見たいのなら、「◎」にする

黄色の情報の意味は「法令に基づき事業者が労働者本人の同意を得ずに収集することが可能であるが、事業場ごとの取扱規程により事業者等の内部における適正な取扱いを定めて運用することが適当である心身の状態の情報」です。

また、手引きにおいても「それぞれの担当者が扱うことができる情報の範囲は、衛生委員会等の場で労使関与の下で検討し、事業場の状況に応じて定めることが求められます。」とされていますので、△を◎(=事業者が直接取扱う)にしても問題ないと思われます。

衛生委員会の委員の半数は労働組合等推薦の者で構成されているのですから、その委員会で「私たち、今後も社長に健診結果を直接見てもらって、しっかり配慮してもらいたいです!」「うちの産業医はあてになりません、会社に来ているのも見たことがありません。就業判定もしてくれないじゃないですか。ぜひ、社長がチェックし続けて下さい!」との労使間の信頼の絆に基づく取り決めがされた場合は、なおさらOKでしょう。

ただ、国が出している規程例を改変して、社長が全部見れるようにするには、結構な度胸が必要のように思いますので、実際には「見たらあかんねんやったら、もうやめとくわ。折角、従業員のことを思ってやってたのに、やりにくい世の中やー。」となるケースが多いのではないかと思います。

 

「△」を「×」にすることができるのか

一方で、34ページの表の「△」の部分を、全て「×」(=情報の取扱いはできない、取扱わない。)にしようと考える経営者も出てくるかもしれません。

労使による自由な協議の末、『「△」をどうするかは、労使で協議して自由に決められる。当社では、従業員の個人情報保護を最重視して、会社が労働者の健康情報を極力取り扱わないようにすることにしたので、「△」は全て「×」にする。労働者側の強い希望に基づく取り決めである。』『手引きにも「黄色の情報を取扱う担当者は、事業場の状況に応じて労使の話合いにより定めることが求められます。事業場内に産業医や保健師等の医療職種がいる場合には、その取扱いを医療職種に制限することが考えられます。」と書いているので、産業医だけが情報を取り扱うようにし、会社はノータッチとしたのだ。』としても良いものなのでしょうか?

 

もし全て「×」とできるなら、以前のブログにも書きましたが、労働者が業務により健康を害した場合でも、「予見できませんでした。情報は全て産業医のところでストップする仕組みにすると労使で決めたので。」「産業医に任せているので、産業医の責任です。産業医から情報が上がってきていませんでした。」と言い訳できるかもしれません。

 

安全配慮義務をしっかり履行する(そもそも、もし「×」にしても会社は安全配慮義務を免れるか疑問)ために、そのように取り決める会社はまず存在しないと思いますが、残業代を免れるために社員を全員取締役にするような裏技と似たような感じがあるので、中にはそうする会社も出てくる可能性があるように思います…。

 

労働者の「同意」については、次回の記事にて…

労働者の心身の状態の取扱規程例の公表は?

2019-03-05

労働者の心身の状態に関する取扱規程例はいつ出るのか?

来月4月から、改正労基法・安衛法が施行されます。私は産業医をしていて、人事の方々と接する機会も多く、残業時間に関する36協定や有給休暇取得義務化への対応を皆さん着々と進められていますが、産業保健に関する分野はまだ準備途中のところもあります。

特に『労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱い』については、昨年9月に法令に基づいた指針が公表され、その中で情報の『取扱規程』を各社で策定することが求められていますが、ほとんどどこも策定できていません

その理由として、法・指針の内容を正確に反映した規程を独力で作成するのは、専門性が高く結構難しいということ(←社労士や弁護士に頼んでも、後述の厚労省発表を待ちましょうとなる)と、ストレスチェックが義務化された際も法・指針・実施マニュアルに基づいた『規程例』が厚労省から公表されたので、今回もその公表を待って、それをベースに自分のところに合った規程例を作成した方が良いとの判断があるためです。

昨年9月の段階で、私が知人等(厚労省関係)から得た情報では今年1月中に発表とのことでしたが公表されず、とある人事労務系の雑誌(1月号)で、弁護士の先生が厚労省に問い合わせたところ2月中に公表との記事がありましたので待っていましたが、公表されませんでした。

やむなく昨日、私が厚労省に電話したところ、3月中には公表されるとのお返事を頂きました。

(追記:3月28日に公表されました→こちらの記事を参照

 

公表されればすぐに内容検討と衛生委員会での調査審議を!

指針には、以下のように書かれています。

~~~~~
取扱規程については 、健康確保措置に必要な心身の状態情報の範囲が労働者の業務内容等によって異なり、また事業場の状況に応じて適切に運用されることが重要であることから、 本指針に示す原則を踏まえて、事業場ごとに衛生委員会又は安全衛生委員会を活用して労使関与の下で 、その内容を検討して定め、その運用を図る必要がある。
~~~~~

つまり、ストレスチェックの時と同じく、厚労省から公表されるのはあくまで一例であり、各社の事情に応じて、内容を変更する必要があります
公表されてみないとわかりませんが、おそらく、国が公表する規程例では、個人情報保護の面を重視して、なるべく個人情報の共有範囲を狭めるようなものになると思われますので、それをそのまま導入すると、企業で実際に現状行われている共有の方法や範囲とバッティングすることもありうると思われるので要注意です(←どこまで共有するのが絶対的に正しい方法かという話ではなく、指針にも書かれているように『労働者の業務内容等によって異なる』『事業場の状況に応じて』という面があるので、厚労省の規程をそのまま丸パクリすると、現状のやり方が規程違反になり、うまく行かないケースが生じるかもしれないということです)。

また、個人情報は基本的に労働者のものですので、それをどう取り扱うか決めるには『労使関与の下で』決めるということが非常に重要であり、衛生委員会を通すこともマストです。使用者のみで勝手に決めていると、個人情報に関する意識が高まっている今般の時世においては、労働者側のクレームに後々繋がりかねません。

このように、色々と検討すべきこともあるので、3月中に公表されても、内容を精査・調整して、基本的に月1回しかない衛生委員会で調査審議して、4月からの施行に間に合わせるのって、実質不可能やんか!?と思ってしまうのは私だけでしょうか……。

私が産業医をする中では、この「心身の情報の取扱い」は、結構重要な事柄ではないかと思うのですが、厚労省もあまり重視していないのかも知れません。または、重要とは考えているものの、規程例の公表は国の義務でも何でもないので、統計問題で今はそれどころではなく後回しになっているのでしょうか。

いずれにせよ、規程例が公表されたら、また中身を検討したいと思います。

 

 

 

 

 

「労働者の心身の状態に関する情報の取扱い」と「産業医の責任」

2018-06-13

検討会が開催されています

先日の記事でもご紹介しましたが、現在厚生労働省で「労働者の心身の状態に関する情報の取扱いの在り方に関する検討会」が実施されており、本日時点(2018年6月13日)で、3回の検討会が既に実施されています。

労働安全衛生法の改正を含む働き方改革関連法案は、現在参議院で審議中ですが、もし成立した場合、安衛法104条で「労働者の心身の状態に関する情報の取扱い」が新たに追加され指針も公表されることになっていますので、本検討会の内容が反映されるものと思われます。

検討会議事録を見ると、様々な議論がなされていますが、やはり論点になっているのが、

『企業が扱う健康情報には様々な種類のものがあるが、その種類ごとに、どのレベルの職位の者が情報にアクセスすることが許されるのか、どのようなルール決めが適切なのか』

という点です。

 

誰がどの範囲の情報を扱うのか?

法律や指針等で決まっているもの、例えばストレスチェック制度については、比較的情報の取扱いが明確です。
事業者が取り扱うことが当然想定されているものには、第3回骨子案の筆者マーク部分のようなものが存在します。
しかしそれらについても、「事業者」とは何なのか、具体的に誰を指すのかについては、ルール決めの余地があります。
例えば「高ストレス者面談後の医師の意見書」が会社に出された場合、誰がその意見書を見ても良いのかについては、法や指針で決まったものはありません。
ストレスチェックマニュアルでは、『面接指導結果の取扱い(利用目的、共有の方法・範囲、労働者に対する不利益取扱いの防止等)については、あらかじめ衛生委員会等で調査審議を行い、事業場のルールを決めて、周知しておきましょう。』と記載されおり、労使間で合理的な範囲内であれば自由に決められるのです。
厚労省のストレスチェック規程例では『人事労務部門内のみで保有し、そのうち就業上の措置の内容など、職務遂行上必要な情報に限定して、該当する社員の管理者及び上司に提供する。』となっているため、それをそのまま自社の規定としている会社がほとんどですが、直属上司によるケアを最重視して直属上司も医師意見書を見ることができるというルールにしても、不合理・違法とは言えないでしょう。
(本人同意により会社に提供されたストレスチェック結果については、法的拘束力のある指針にて「当該労働者の上司又は同僚等に共有してはならない」とありますので、上司に見せると違法となると思われます。よって医師意見書を上司に見せるとしても、点数の部分は黒塗りにした方が良いでしょう。)

このように、ストレスチェックのように最近法制化され、労働者のプライバシー保護に関する決まりが比較的明確なものについても、色々とややこしい点が存在します。

さらには、ストレスチェックほど、法律・指針でがっちりとルールが決まっている訳ではないものも多く、それらについても労使間で衛生委員会等で審議して一定の枠内で自由にルールを決めていく流れになろうかと思います。ただ、「労使間で自由に決めて」と言っても、普通の会社では心身の個人情報の取扱いに精通した人材もおらず判断に迷うでしょうから、その際の参考・目安になるようなものを検討会で作って下さるのだと思いますが、骨子案や議事録を見ていると、そう簡単にあっさりと決まるものではなさそうです。

例えば、労働者の健康情報の取扱いに関する実施事項の骨子案が、厚労省事務局から出されていますが、検討会を重ねるごとに、その内容も変わってきています。
第2回検討会での骨子案では、健康情報ごとにどのような対応が考えられるのかをあらわした表が初回の骨子案から追加されましたが、「可能」とか「不可能」とか分かりにくい等の声があがり、第3回骨子案では早速無くなってしまいました。

また、検討会での三柴先生(産業保健法がご専門の大学教授)の以下のご発言からも、それがうかがえます(太字・赤字部分については、筆者が強調)。

~~~~

三柴委員:
過去の通達等がいってきたことって、実をいうとちょっと矛盾があるように思うのは、一方では、健診情報等は、実施者が事業者だから、事業者に帰属するのが当たり前であると言っている。だけれども、健康情報なので、プライバシー保護が必要などの趣旨から、情報は加工して、事業者がアクセスするにも、加工情報に限定することが望ましいと言っているものもあったのですね。
そうすると、まず整理しないといけないのは、情報には法的に所有の概念はないのだけれども、帰属という言葉で、誰が一次的に取り扱うべきかは論じられると。実際、健診については、事業者に実施が義務づけられ、事業者が費用を負担していることからも、その結果情報の帰属性はやはり事業者にあると。にもかかわらず、そこにアクセスできる情報を制限することは法的に可能か、また現実的に妥当か、という問題になると思います。
私自身は、実をいうと、健康管理の必要性と、それから情報の帰属性の問題から、情報加工まではいいと思うのですけれども、そのアクセス自体を制限してしまうというのは難しいのではないかと考えているのです。

~~~~

つまり、『健康診断の法定項目』という基本的な情報について考えてみても、上記のように法学者から見ても難しい論点もあり、例えば『衛生委員会で労使で話し合って、「産業保健スタッフ以外は健診データを見れないことにしました」』ということにして果たしてOKなのか、何も問題は生じないのか、難しい問題なのです。

 

産業医の責任増大に繋がるか?

例えば、私が少し考えてパッと思いつくだけでも、

『高血圧の人が、月100時間以上の長時間残業をして脳出血で亡くなった』(例えば、システムコンサルタント事件のようなケース)ような場合、どうなるのだろうと思います。

つまり、衛生委員会で労使間で取り決めたルールで、会社が健診データにアクセスすることが禁止されていた場合、会社の責任度合いに影響するのかということです。
上記システムコンサルタント事件の判決でも『このこと(会社の配慮義務)は労働者から業務軽減の申出がされていないことによっても、何ら左右されるものではないというべきである。また、本件においては、医師による業務軽減の指示がされていないか、使用者が選任した産業医が使用者に対して業務軽減の指示をしなかったという点も、一審被告(会社)の前記業務軽減措置を採るべき義務の有無に消長を来すことはないというべきである』という判示されていますが、会社が法定健診項目(血圧)へアクセスできない場合でも、結論は同じなのかということです。

会社としては、責任を回避するために「自分たちは、労使間のルーㇽで、健診の法定項目データも見れないので、高血圧だと知りようがありませんでした。本人も何も言ってこなかったです。就業判定をした産業医も何も言ってこなかったです」と主張しないでしょうか?
データも見れない、産業医も何も言わなかったのであれば、会社に予見可能性がないため安全配慮義務違反は無かったということにはならないでしょうか?

また、会社がデータを見れない以上、産業医がデータを加工した上で会社に情報提供(就業上の配慮の必要性の助言等)したかどうかが重要なポイントになりますが、その場合、産業医の責任に影響を及ぼすことにはならないでしょうか。つまり、「会社が知り得ない状態」になる以上、その部分の責任が、全ての情報にアクセス可能な産業医にかかってくるのではないかということです。
もしかすると、上記のようなケースのご遺族は、会社に責任を問えないとなると、職務懈怠した産業医の責任を問おうということになるかもしれません。また、会社と家族が和解した上で、その費用の一部を、会社が産業医に求償してくるようなケースに繋がる可能性もゼロではないように思います。

まさにこれは、ストレスチェック法制化時にも、多くの産業医の先生方が懸念していた産業医の責任増大論に似ているところがあるように思います。
ストレスチェック制度においては、労働者のプライバシーがかなり強く保護されており、本人の同意なく、結果や高ストレス者であることを会社に伝えてはならない(産業医の言動により会社に推測されてもいけない)ことになっていますので、もし万一労働者に不幸が起きてしまった場合、産業医としては「法的に保護された本人のプライバシーを侵すわけにはいかず、会社に何も言えなかった。」「本人が、面接を希望しなかった。」「ストレスチェックの主目的は、セルフケアであり、病気の発見ではないことは、厚労省も強調している。」などの弁明があり得るかもしれませんが、健診法定項目等については「加工した上で会社に情報提供する」というルート・産業医の取り得る選択肢が残されています(高血圧であることを、会社に絶対知られてはいけない訳ではない)ので、ストレスチェック制度よりも産業医の責任に繋がりやすいのではないかとも思われます。

 

「労働者の心身の状態に関する情報の取扱い」は、今後、産業医による健診の就業判定・事後措置のあり方にも影響してくるかもしれません。今よりも一層、産業医から会社に情報を加工した上で積極的に提供していかなければならなくなるかもしれません。会社の自由な情報収集が制限される以上、会社が安全配慮義務を履行するには、産業医がどれだけ適切に会社に情報提供できるかが重要になってくるため、そこには、より一層の責任が求められると言えるかもしれません。
(また、違う視点から考えると、産業医が機能してない事業場において、会社が情報収集できないルールにした場合、誰も情報を適切に管理できていない状態になり、労働者の安全確保等が不十分となり、労働者のためにならないことにもなりかねません。)

以前のブログでも書きましたが、今回の産業保健関連の法改正で、世間的には高プロでしょうが、個人的に最も注目しているのは「労働者の心身の状態に関する情報の取扱い」についてです。今後も注目していきたいと思います。

いずれにせよ、心身の個人情報の取扱いについては、現状曖昧な部分がかなり多く、適切な取り扱いルールにより、労使・産業医ともに安心して働ける環境作りに繋がっていくことを望んでいます。

運転業務と睡眠不足、睡眠薬

2018-05-14

バス・タクシー・トラック運転と睡眠不足

こちらの国土交通省ホームページでも公表されているように、本年6月1日から、睡眠不足の運転手に運転させてはいけないことが、省令で明確に規定されます。

今までは、旅客自動車運送事業運輸規則(省令)21条で
「疾病、疲労その他の理由により安全な運転をし、又はその補助をすることができないおそれがある乗務員を事業用自動車に乗務させてはならない」とあり、通達で、「『その他の理由』とは、覚せい剤の服用、異常な感情の高ぶり、睡眠不足等をいう」との解釈が出されており、睡眠不足は通達レベルでNGとなっていましたが、今回、省令を改正して、省令レベルでNGとするそうです

持病と運転業務

私はトラック運送会社の産業医もしていますが、メンタル不調で向精神薬(睡眠薬など)を服用している人が運転して大丈夫なのかについては、常に悩みます(今回の省令改正の『睡眠不足』ではなく、『疾病』の話になるのかもしれませんが…)。

特に、

会社:

「なるべくリスクを取りたくない。今回の省令改正の背景にあるように、万一事故が起きた場合の社会からの目は厳しく、少しでもリスクがあるなら、運転から外したい。」

と思っている一方で、

運転手当人:

「運転をやり続けたい。数十年運転手をやって来て、今から事務職に配置転換となっても仕事をできる気がしない。確かに薬を飲んでいるが、運転に支障はない」

と考えているというケース等においては、会社と労働者の思惑が一致せず、産業医としての判断もより丁寧さと慎重さが求められます。

 

私が産業医として意見を求められた場合は、「本人の病状」+「本人の意向」+「会社の意向(≒どこまでリスクを取れるのか)」を総合的に勘案して意見を述べるようにしています。

 

「本人の病状」

眠気等の運転に支障のある症状が無いことが大前提です。

その際、会社としては、産業医の判断以外に、やはり本人の病状を一番よく知っていて薬も処方している主治医から「運転に問題はない」との判断(診断書)をもらいたいところですが、私の経験する限り、「運転に支障がない」との診断書を出してくれる主治医は半数以下のように思います。
やはり近年、医療界もリスクに敏感になっていますので、運転OKという意見を書面で出して、万一事故が起こった場合に主治医の責任になるのは怖いとのことで、診断書の形では書いてくれず、「そこは会社にも産業医がいるでしょうから、そこと話し合って、会社側で決めて下さい」と仰る先生も多数おられます。

 

そこで、上記も含めて、望ましい順にあげると、

①主治医に、運転に関する意見を書面(意見書や診断書)で発行してもらう

➁主治医に、口頭にて意見を述べてもらい、その内容を本人から聴取する。可能であれば、本人同意の下、人事担当者が診察に同席して話を聞ければなお良い。

➂ ①、➁も無理な場合は、産業医が病状を把握したうえで、産業医のみの意見で進める。

(①、➁が可能でも、それを踏まえ産業医が意見を述べるのは当然)

 

となろうかと思います。

 

「本人の意向」

本人の意向も大切です。運転業務に対して本人が肯定的に捉えているのか、否定的に考えているかによって、会社の判断も変わり得るからです。

例えば、上記の例で言うと、「本人が運転したい。事務作業は難しい。」と言っているが故に、会社の意向と一致しないのであって、「年齢的に運転はきつくなってきていたので、事務職でもOKです」「運転には不安があるので、避けたいです」なのであれば、本人にとっても会社にとっても事務への配転で良いということになります。

 

「会社の意向」

端的に言うと、「会社として、どれだけリスクを許容できるか」ということです。

「人手不足なので、可能な限り運転業務に就かせたい」と考え、ある程度のリスクは許容する会社もあれば、「リスクが少しでもあれば、運転を禁止し、リスクゼロを目指す。」「薬が事故にどれくらい影響したかに関わらず、向精神薬を服用している当社の社員が、運転して人身事故を起こすことなど考えられない、あり得ない。」と考える会社まで様々です。

リスクをゼロにするには、向精神薬を内服している場合は一律運転禁止とするしかありませんが、そのような対応に運転業務をしたい労働者が異を唱え万一労使トラブルとなった場合、会社の一律な措置は正当と判断されるのでしょうか?

多くの向精神薬の添付文書(薬の説明書)には、「本剤投与中の患者には自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させないように注意すること」との記載があり、これだけ見ると内服していることのみもって運転禁止としても問題ないように思うかもしれません。

しかし、これについては製薬会社が過大にリスクを評価しており一律禁止はやりすぎではないかとの意見もあります。

実際、日本うつ病学会から日本製薬工業協会あてに「向精神薬が一様かつ持続的に、運転技能を低下させるという証左は見当たりません。」、「向精神薬と運転技能の関係を明らかにし、添付文書の改訂(例:自動車の運転等危険を伴う機械を操作する際には十分注意させること)、あるいは付記(例:ただし、眠気やめまい等が自覚されなければ、十分注意した上で操作に当たること)についてご高配を賜りたい」という要望書が出ていたり、日本精神神経学会も「添付文書の不適切・非医学的な記載について、今後改善を目指し、厚生労働省や独立行政法人医薬品医療機器総合機構への働きかけを行っていく予定である。」としています。

 

よって会社としては、薬を飲んでいるということだけで運転禁止と判断するのではなく、産業医及びできれば主治医の意見も聴取して、判断すべきといえます。運転業務を禁止することは、本人のキャリアや賃金等にも影響することであり、慎重さが求められるといえるでしょう。

問われる産業医の中立性【今後の法改正に向けて】

2018-05-10

法改正で、産業医の中立性・誠実義務が法制化へ

前回のブログ記事においても紹介しましたが、労働安全衛生法の改正案が現在国会で審議中であり、成立すれば来年度から施行される予定です。

その中では、「産業医は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識に基づいて、誠実にその職務を行わなければならない」との条文が追加されています。
誠実に職務を遂行するという、医師・産業医という専門職であればごく当たり前のことが、わざわざ法律に追加される理由としては、産業医の中立性が疑われるような事件が度々起こっているからです。

労働法関連の法改正等の重要事項に関しては、厚労大臣の諮問に応じて労働政策審議会で調査・審議されることになっていますが、この条文追加に際しても当然ながら審議が行われています。その中でも、有識者からのヒアリングが行われており、誠実職務遂行義務の追加に関して「倫理的な事項であり、当然産業医に求められている内容なので、あえて法令に記載する必要性は感じない。むしろそのような規定を設けざるを得ない問題が生じていることに懸念を覚える。」との意見も記載されています。

 

ブラック社労士問題、ブラック産業医問題

そのような状況の中、またも目を疑うようなニュースが、本日共同通信社よりリリースされていました。以下、引用します。

―――――――――

パワーハラスメントで休職後、復職を認めずに退職扱いとしたのは不当だとして、社会保険労務士らの事務組合で働いていた女性(44)と男性(41)が、職員としての地位確認を求めた訴訟の判決で、横浜地裁は10日、退職を無効と認め、未払い賃金の支払いを命じた。

新谷晋司裁判長は、産業医が「統合失調症」「自閉症」と判断し復職不可としたのは「合理的根拠がなく、信用できない」と指摘。健康状態は回復していたと認定した。

―――――――――

これだけ見ると、産業医が病名を付けているように思われます(判決文を見ていないので断定はできず、詳細はわかりませんが)。
他の新聞報道を見ると、主治医の診断とは違う病名を付けたのかもしれません。過去のパワハラ裁判については、判決文が公表されていますのでそれを見ると、主治医からは「うつ状態」と診断されているようです。

こちらの記事にも載せていますが、産業医は、労働者に対して基本的には診断して病名を付けることはしません(逆にいうと、産業医が主治医とは違う病名をあえて付けて来たら、労働者の方は警戒した方が良いでしょう)。

特に、統合失調症や自閉症という診断は、基本的には完治ということはない等の側面から、本人やご家族への影響が大きく、産業医が主治医の診断を否定して病名を付けることはまずありえません。もし万一あるとしても、後々トラブルになる可能性も高いので、相当慎重に、確実な根拠をもって診断しなければなりません。主治医の診断を否定して病名を付けるのですから、当然です。
また、この産業医は、統合失調症と自閉症の合併例と診断しているのか、診断を途中で変更しているのかはわかりませんが、いずれにしてもその判断は精神科専門医であっても相当の経験が必要であり、主治医以外が診断することには慎重であるべきと言えるでしょう。

今回のケースのように、パワハラ裁判で労使間で相当揉めている状況下で、あえて統合失調症や自閉症という主治医と違う診断を下して、復職不可と判断するこの産業医の先生は、色々な意味で本当に凄いと思います。

 

ブラック社労士が3年前に問題になりましたが、今回は社労士事務組合と産業医のコラボレーションで、ついにここまで来たかという印象です。
医療の専門家ではない裁判官から、診断について「合理的根拠がなく、信用できない」と言われてしまう産業医ってどうなのでしょうか。神奈川新聞の記事が本当なら、「到底信用できない」と『到底』まで付いており、医師の診断がそこまで言われてしまうとは、余程のことです。

また、事務組合の社労士の誰かが、労務問題の専門家として、このやり方はまずいと止めれなかったのでしょうか。

産業医は信用できるのかという問題になりかねない

このようなことが頻発すると、労働者は産業医全般を警戒し、まともに話をしてくれなくなります。

真面目に活動している大部分の産業医にとって、非常に迷惑なので本当に止めて頂きたいと感じます。

また、厚労省や医師会等は、偏った意見を出すことは倫理的にも許されないことに加え、産業医自身のリスクにもなること、産業医はあくまで労使間から一定の距離を持って中立性を保つことを、産業医に対して教育すべきではないでしょうか。「人事の仕事にもフルコミット。肩たたきも引き受けます。」というようなことをホームページで公表して売りにしている産業医もいる現状では、産業医への社会的信頼はかなり危ういのではないかと思います。企業側も、産業医は首切りに利用でき、それをするのが良い産業医だと、誤解しかねません。

会社は、根拠のない偏った意見を出す産業医を雇うことは、リスクのあることだと認識すべきです。労働者を解雇するために、産業医を利用してうまくいったと思っているのかも知れませんが、結局出るところに出ればそれが露見し、「産業医を利用して解雇するブラック企業」の汚名をかぶることになってしまいます
そのような事は今の時代、インターネット上ですぐに広がりますので、人材採用に支障が出てますし、現在働いてくれている労働者に対する産業保健に関しても悪影響が出てしまうため、結局は企業の利益にもならないと思われます。

試し出勤・リハビリ勤務実施の注意点

2018-02-10

試し出勤・リハビリ勤務とは

試し出勤やリハビリ勤務は、労働基準法など法律で定められた制度ではありませんので、明確な定義はありません。
一般的には、長期間職場を離れている労働者が、スムーズに本来の職務に復帰できるよう、復職前や復職後に、一時的に業務負荷を軽減する等して様子をみることを言います。
復職前のものを試し出勤、復職後のものをリハビリ勤務と呼ぶことが多いですが、名称よりも、後述のように、試し出勤等をどのように行うかルールを定めた場合の、その中身の方が重要です。

 

厚労省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」の中には、『試し出勤制度等』という言葉が出てきますが、試し出勤制度等として、以下の3つが挙げられています。

①模擬出勤:就業時間に合わせてデイケアや図書館などで過ごすこと

②通勤訓練:自宅から職場の近くまで来て、職場付近で一定時間過ごしてから帰宅すること

➂試し出勤:職場復帰の判断等を目的として、本来の職場などに試験的に一定期間継続して出勤すること

 

このように、一概に試し出勤制度等といっても様々な概念が含まれますが、いずれにも共通するポイントとしては、手引きにも書かれているように、

「これらの制度の導入にあたっては、処遇や災害が発生した場合の対応、人事労務管理上の位置づけ等についてあらかじめ労使間で十分に検討し、ルールを定めておきましょう。」

「作業について使用者が指示を与えたり、作業内容が業務(職務)に当たる場合などには、労働基準法等が適用される場合があることや賃金等について合理的な処遇を行うべきことに留意する必要がある。」

という点です。

制度設計上、特に注意すべき点

試し出勤・リハビリ勤務を行う場合の制度設計として、注意すべき点は多数存在します。例えば、

・試し出勤を開始する条件、期間、打ち切る条件は?

・試し出勤中の事故が起きたら労災適用されるのか?

・試し出勤中、どの職場で、段階的にどのような業務負荷(勤務時間と内容)をかけていくのか?

・試し出勤中の賃金は?

・体調に対するフォローは?(体調悪化時、すぐに上司等に報告させ、周囲も本人の体調に十分注意する)

などが挙げられます。

 

それらを決める上で、まず決めないといけないのが

「試し出勤・リハビリ勤務を復職前に行うのか、それとも、正式に復職した後に行うのか」

ということです。

 

試し出勤は復職前、復職後、どちらが良いのか

復職前に行う場合

復職前に試し出勤を行う場合、制度の意味合いとしては、「正式に復職できる状態にまで病状が回復しているか、会社として情報を集める。情報を集めて、より慎重に復職可否を判断する。」という面が強くなります。

主治医が復職可能と判断していても、厚労省復職支援手引きに「主治医による診断書の内容は、病状の回復程度によって職場復帰の可能性を判断していることが多く、それはただちにその職場で求められる業務遂行能力まで回復しているか否かの判断とは限らないことにも留意すべきである。」とあるように、実際には業務できるレベルまで回復していないケースも散見されます。
まずは職場に来てもらって、実際にどの程度のことができるか、会社として情報収集してから復職判断を行うことができるのは、この場合の長所です。(ただし、「試し出勤中は無給」→「使用従属関係に無い純粋に任意の作業でないといけない」→「純粋に任意というためには、試し出勤中の状態を復職判定に使ってはいけない」という説を唱える学者の先生もあり、この辺は実はビミョーな難しい問題なのです。)

一方、後日記事をアップしますが、復職前のため一般的には賃金が支払われていませんので(復職させていない状態のまま、賃金を支払って休職者を指揮命令関係に置くのも可能なのかもしれませんが、私が知っている復職前に試し出勤をさせるケースでは、傷病手当金との関係等から多くの会社が無給としています)、「職場に来た労働者に、どの程度のことさせて良いのか、判断が難しい」、「上司がどこまで本人に指示できるのか、本人の不十分な部分(例えば遅刻する等)に注意できるのか、判断に迷ってしまう」という欠点があります。ここを間違えてしまうと、賃金支払い義務が生じてきます。
 後日の記事でも取り上げる、試し出勤中無給とされていたケースが最低賃金法違反になるか争われたNHK名古屋放送局事件(名古屋地裁平成29.3.28)でも、上司が試し勤務中に遅刻してきた労働者に注意した際に、労働者が「私って戦力にカウントされているのか?」「要するに、ちゃんと通常の仕事どおりにもう出てこい、出てきてちゃんと仕事しろということ?」と質問・反論してきた時、上司がどう答えたかが取り上げられています。こう問いかけられた時、会社からしっかりと試し出勤の趣旨や注意点の説明を受けている場合を除き、自信を持って返答できる上司は少ないのではないでしょうか。

その一方、労働契約上の労務提供となり賃金支払い義務が生じることを避けるために、安全をとって負担にならない軽い作業ばかりさせても、「ごく軽い作業しかさせていないから、労務遂行能力が回復しているのか分からない。毎日、会社に来れるかどうか程度しかわからない。」というジレンマが生じることになります。

 

復帰後に行う場合

一方、試し出勤を復職後に行う場合には、既に復職は決まっていますので、復帰後の再発防止の意味合いが強くなります。
すなわち、復職後いきなり通常勤務を行っては本人にとって負担が強く再発してしまう可能性があるので、軽負荷から開始して徐々に負荷を上げていこうという意味合いです(まさに「リハビリ」的な意味合いであり、リハビリ勤務と呼ばれることも多い)。

この場合の長所としては、上述の上司の迷いが少なくてすみます。例えば、もし本人が遅刻したり仕事中にウトウトしたり、業務パフォーマンスが不十分な場合には、当然のことながら注意をして改善を求めても問題になりません。また、出勤途中に事故が起きた場合は、既に復職しておりそれは通勤ですので、労災が適用さうるのは明白です。

一方、一旦正式に復職していますので、復帰後の業務遂行が不十分だと会社が判断しても、再休職させるにはハードルが高くなります(残りの休職期間がなく、再休職判断イコール退職や解雇になる場合はなおさら)。再休職させるには、再休職に関する規程の整備や、労務遂行状況に対する上司等の正当で客観的な評価が求められます。産業医面談や主治医への意見聴取も重要になってくるでしょう。
また、業務軽減を認める期間を予め区切る等しなければ、いつまでも軽負荷のまま経過することにもなりかねません。復職して1~2年経つものの、軽作業しかさせられず、遅刻・早退が頻回にみられる状態が続いて、上司も同僚も疲弊してしまっているケースも時々見かけます。

 

このように、試し出勤を復職前・復職後に行うことには、会社にとってそれぞれ一長一短あり、どちらが良いとは一概に言えません(もちろん、両方を行うこともできます。)

 

以下私見になりますが、

・試し勤務を復職前に行うのであれば「遅刻や欠勤の無い安定した出勤と、比較的簡単な作業ができるかどうかのみ確認できれば良い」と割り切る。通常の労務提供ができるかどうかの判断は、職場復帰をした後に行う。
(試し出勤をさせた結果、復職不可と判断するのであれば、通常の労務提供(債務の本旨に従った労務提供)ができないと会社が判断しなければならないが、復職前には軽易な作業しかさせられないため、復職不可と判断できるのは、出勤が不安定(欠勤、遅刻、早退)か、軽易な作業すらできない場合に限られるから。)

 

・復職後に試し出勤(リハビリ勤務)行い、もし回復が不十分で労務提供が完全にはできないことが判明した場合には会社として再休職も検討して行くのであれば、再休職となる基準・ルールを整備し、本人の働きぶりに対する上司の評価を頻繁に明確・公平に行い、本人にも都度フィードバックする。産業医による復職後のフォローも徹底する。

 

のが良いのではないかと考えます。

【ストレスチェック】高ストレス者以外から面接指導対象者を選ぶことはできるのか

2017-11-24

2年目のストレスチェック

今月末(2017年11月末)までが、法令により義務化されたストレスチェックの2回目の実施期限となります。私のクライアント先の企業でも、9月~11月にかけて実施するところが多く、その対応のために忙しくさせて頂いています。

2年目ともなると、会社の担当者も産業医も大分慣れてきた部分もあるかと思いますが、新たに疑問に感じる点も出てくるのではないでしょうか。
最近、産業医をしている知人の医師から、こんな質問を受けました。

「高ストレス者の中から、面接する人を選ぶのが普通だと思うけど、高ストレス者じゃない人の中からでも面接対象者を選んでも良いの?

 

確かに、昨年度から私自身も多少疑問に感じていた点でもありますが、この点に明確に言及しているストレスチェック関連の書籍やインターネット上の情報は、私の知っている範囲では見たことがありません。そこで、詳しく調べてみました。

法令等の文言をチェック

まずは、法令等がどのように定めているのかを、チェックしてみましましょう。

法→省令(規則)→指針→マニュアルの順に細部まで定められていく構成になっていますので、順に見ていきます。

(条文中のカッコ内の文言は、私による補足です。)

 

労働安全衛生法 66条の10第3項
事業者は、前項の規定による通知(←個人結果返却のこと)を受けた労働者であって、心理的な負担の程度が労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令で定める要件(←下記)に該当するものが医師による面接指導を受けることを希望する旨を申し出たときは、当該申出をした労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による面接指導を行わなければならない。

 

労働安全衛生規則 52条の15
法第66条の10第3項の厚生労働省令で定める要件は、検査の結果、心理的な負担の程度が高い者であって、同項に規定する面接指導を受ける必要があると当該検査を行った医師等が認めたものであることとする。

ストレスチェック指針
規則第 52 条の 15 の規定に基づき、事業者は、上記7(1)ウ(イ)に掲げる方法(←点数だけで選定するか、補足的面談も組み合わせるかの方法)により高ストレス者として選定された者であって、面接指導を受ける必要があると実施者が認めた者に対して、労働者からの申出に応じて医師による面接指導を実施しなければならない。

 

ストレスチェック指針の赤字分が時に決定的かと思いますが、これらの文言を見ると、あくまで高ストレス者の中から、実施者が要面接者を選ぶと読み取れます。

 

さらに、厚労省ストレスチェック制度関係Q&Aにも以下の記載があります。

Q12-2 面接指導対象者は、実施者の判断で、高ストレス者の中から、実施者が判断して絞り込むということになるのでしょうか。

A 面接指導の対象者は、事業場で定めた選定基準に基づいて選定した高ストレス者について、実施者が判断していただくことになりますので、例えば、補足的に面談を行った場合などについては、その面談結果を参考にして実施者が絞り込む場合があり得ますし、高ストレス者全員をその評価結果を実施者が確認の上で面接指導対象者とする場合もあり得ます。

この記載からしても、面接指導対象者は、高ストレス者の中から選定するのが前提だということが読み取れます。

 

一方で、マニュアルには違う記載も

しかし、よくよく見てみると、厚労省のトレスチェック制度実施マニュアルには上記とは違った記載があります。

マニュアルの48ページの「面接指導対象者の確認」の部分には以下のように書かれています。

 

(2)ウ(P38)で選定された高ストレス者を含すべての受検者について医師による面接指導を受ける必要があるかどうか、実施者が確認します。

この文面からは、すべての受検者に対して、実施者が要面接かどうか確認する、すなわち高ストレス者に該当しなかった人に対しても要面接と判定しても良いとも読み取れます。

結論としては、高ストレス者以外から選定してもOK

結局どっちなのか、法令や実施マニュアル等からは分かりませんでしたので、担当行政機関に問い合わせたところ、

 

「厚生労働省としては、実施者が必要だと判断すれば、高ストレス者以外から面接指導対象者を選定しても差し支えないという立場」だそうです。
その根拠は実施マニュアルの48ページの記載だとのことです。

 

私もその考え方のほうが妥当だと思います。トータルでの点数はそこまで悪くなく高ストレス者には該当していないものの、ある一部の点数だけ極端に低い等で気になる人がいた場合には、実施者の判断で要面接と判定したい場合もあるかも知れません。その場合でも、実際に面接を申し出るかどうか(会社に自分の結果を公表するかどうか)の自由は受検者側にあるので、プライバシー保護の観点からも特に大きな問題はないと思われます。高ストレス者以外から要面接者を選ぶことをわざわざ法的に禁止する必要もないでしょう。

今週は自殺予防週間~ストレスチェック結果から考えるラインケアの重要性~

2017-09-13

自殺者予防の取り組みと自殺者数の推移

毎年、9月10日からの1週間は自殺予防週間とされ、国、地方公共団体等が連携して、自殺予防のための啓蒙活動が行われています。駅のポスターやインターネットの広告等で見かけた方も多いのではないでしょうか。

平成 10年以降、年間自殺者数が3万人を超える状況が続き世界的にも高水準であったため、国は平成18年に自殺対策基本法を施行し、平成19年には自殺総合対策大綱を策定し、自殺予防週間等の取り組み・キャンペーンを行ってきました。

その甲斐あってか、平成24年からは自殺者数が3万人を切り減少傾向が続いており、昨年(平成28年)は約21000人となっています。

 

ゲートキーパーとは

自殺予防を行う上で、国は「ゲートキーパー」の役割を重視しています。本年度の自殺予防週間の政府広報ポスターにも、真ん中に大きく「ゲートキーパー」の文字が見られます。

ゲートキーパーとは、

自殺の危険を示すサインに気づき、適切な対応(悩んでいる人に気づき、声をかけ、話を聞いて、必要な支援につなげ、見守る)を図ることができる人のことで、言わば「命の門番」とも位置付けられる人

のことを言います。 

ゲートキーパーは何も医師等の専門職である必要はありません。むしろ、身近な人が異変に気付き、専門職等に繋げることが重要です。

ストレスチェックの実施状況

従業員数が50人以上の事業場においては、ストレスチェックが義務化され、昨年11月末までに実施し、その結果を労働基準監督署へ届け出ることになりました。その届出の集計結果が今年の7月に発表されました(集計結果は こちらの厚労省HPをご参照下さい) 

それによると、受験者のうち医師面接まで繋がった方はわずかに0.6%に過ぎません。

自ら希望すれば医師面接を受けられる高ストレス者は、受験者の10%程度(労基署への報告書には高ストレス者の数を書く欄はありませんので正式な数は不明ですが、ストレスチェック受託機関の発表によると、いずれも約10%程度となっています)ですので、高ストレス者のうち医師面接を自ら希望したのはわずか約16人に1人に過ぎません。 

申出率が低くなることは、こちらの記事でも取り上げた通り、諸々の理由から予想されたことではありますが、

自らシグナルを発して医師面接につながろうとすることは、職域においては、かなりハードルが高い

と言えます。

 

職場におけるラインケアの重要性

そこで重要になってくるのは、ラインケアです。

職場におけるメンタルヘルス対策には、①セルフケア ②ラインケア ③事業場内産業保健スタッフ等によるケア ④事業場外資源によるケアという「4つのケア」が存在します。 

4つのケアいずれも重要ですが、上記のように自ら不調を申し出ることはハードルが高いことから考えると、職場の周りの人、特に管理監督者が気付き、適切な配慮・対応を行うこと(=ラインケア)が最も重要といえます。これは自殺対策におけるゲートキーパーの重要性と類似しています。

早めに本人の不調に気付き、適切なケアを行えば、病気の悪化や休職になってしまう事態を避けられる可能性があります。

ストレスチェックが義務化されたことにより、集団分析と職場環境改善に注目が集まっていますが、まずは基本的なラインケア教育・研修がしっかり行われているか、上司等がつなげる先となる産業医などの産業保健スタッフが機能しているかを確認しましょう。

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