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メンタルヘルスの新キーワード 「合理的配慮」とは?
改正障害者雇用促進法が4月から施行されます
改正障害者雇用促進法が今年4月から施行されます。企業で働くメンタル不調者への配慮に関係してくる条文(36条の3)から以下に一部抜き出します。
『事業主は、障害者である労働者について、……障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。』
障害者の定義・範囲
障害者という言葉からは、一般的には、足が不自由な方(身体障害者)であったり、知的障害者の方を指すように考えがちですが、この法律の「障害者」の範囲はさらに広い概念です。具体的には『差別禁止や合理的配慮の提供の対象となる障害者は障害者雇用促進法第2条第1号に掲げる障害者(身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者)である』を言います。
つまり、うつ病等のメンタル不調のため、休職や復職を繰り返している人は、『長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者』に該当し、この法律による合理的配慮の対象となる可能性があります。障害者雇用率のカウント(カウントには障害者手帳等が必要)とは異なりかなり広い概念となりますので注意が必要です。
合理的配慮の中身
会社は障害者に対し、過度の負担にならない範囲で合理的配慮を行う必要がありますが、どこまで配慮しなければならないのかは難しい問題です。
例えば、肢が不自由な労働者に対し、会社入り口の数段の階段にスロープを付けてバリアフリーにする等は合理的配慮義務の範疇でしょう。
一方で、うつ病の社員の方が、体調が悪い場合にいつでも気兼ねなくいくらでも休めるよう社内に自分専用の個室を設けるよう会社に要求してきた場合はどうでしょうか。従業員に対し、「就業時間中でも好きなだけ休んでも良い。個人の仮眠室を作る。」と認めることは、大抵の場合企業にとって過度の負担になるでしょうから、そこまでの配慮はできないと断っても良いと思われます。ただし、法律上、断るだけではだめで、会社と労働者で話し合いどのような配慮なら可能なのかを考えていく必要があります(例えばこのケースであれば、個室は無理だが、昼休みに静かに休める共用のスペースを用意する等)。
合理的配慮の中身を考えるには医学的知識と労働法的知識が必須
上記の二つの例は、極端なわかりやすい事例ですので容易に結論を出せますが、企業で生じる実際のケースはもっと複雑で判断に困るケースが少なくありません。特にメンタルヘルス不調は、外部から症状などが見えにくい等の理由から、判断が非常に難しくなります。厚生労働省から合理的配慮指針が出ていますが、そこに示されている配慮例は「出退勤時刻・休暇・休憩に関し、通院・体調に配慮すること」「できるだけ静かな場所で休憩できるようにすること」などの当たり障りのない当たり前の内容しか書かれておらず、実際のケースを解決するには一定の参考にはなりますが、全てのケースに対応できるわけではありません。
適切に合理的配慮の内容を確定するには、医学的知識と労働法の知識が必要になってきますが、その際に企業にとって役に立つのが産業医であり、社労士や顧問弁護士になります。
【労使紛争における合理的配慮と産業医の役割】へ続く
健康診断を確実に受けさせましょう~軽井沢のバス事件に思う~
連日大きく報道されていますが、軽井沢町のスキーバス事故で14人の方がお亡くなりになり、多数の方が負傷されました。お亡くなりになった方の無念、ご家族のお気持ちを思うと、いたたまれない気持ちでいっぱいです。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。また、負傷された方々の一日も早いご回復をお祈り申しあげます。
健康診断を受けさせることは企業の義務です
報道によると、バス会社は労働安全衛生法で定められた健康診断を運転手に受けさせていなかった等の理由で、国土交通省から事故の2日前に道路運送法に基づく行政処分を受けていたとのことです。
労働者に対して年に1回(一定の有害業務従事者等については6か月に1回)健康診断を受けさせるのは企業の義務となっています。
定期健康診断に関する厚労省の調査によると、定期健康診断を実施している事業場(労働者が実際に受けているかどうかは別問題)の割合は、50人以上の事業場においては98%程度と高い数値になっていますが、30人未満の小規模の事業場においては90%、つまり10社に1社は健康診断の機会すら労働者に与えていない状況です。小規模の会社にとっては健診費用が捻出できない等の理由があろうかと思いますが、だからといって健診を受けさせないことが許されるはずはなく、今回の事故のようなことが起これば企業の存亡に直結する大事態となります。かならず健診を受ける機会を労働者に提供しましょう。
一方、受診率(健診を実施している企業の中で、労働者が実際にどれくらい受けたか)を見ると、1000人以上の超大規模の事業場でも85%程度となっています。つまり、会社が健診を受ける機会を用意しても何らかの理由で10人に1~2人は受けていない訳です。企業からすると、「健診を受ける機会は与えている。それなのに受けないのは労働者の勝手であり、会社としての責任は果たしている」と思われるかもしれませんが、万一健診を受けていない労働者が事故を起こした場合、そのような言い訳は通用しません。なぜなら、安衛法上企業に求められているのは「健診を受けさせること」であり、健診を受けない労働者に対しては、何度も勧奨して無理にでも受けさせなければならないのです。
健康診断を受けることは労働者の義務です
一方、少し意外かもしれませんが、安衛法では労働者にも「健診を受ける義務」を負わせています。よって、企業は健診を受けない労働者に対し、「健診を受けろ!」と業務命令として命じることができるのです。裁判例では、受診拒否に対しては懲戒処分を行うことすら認められています(なお、ストレスチェック制度では労働者に受検義務はありませんので注意して下さい)。よって企業としては「労働者が自分の意思で受けなかったので放っておきました」では済まされず、万一今回のような事故が起きれば企業責任を問われることは不可避です。
健診を受けさせるだけでは不十分。結果を産業医等にチェックさせましょう
もう一つ気を付けて頂きたいのは、健診を受けさせるだけでは不十分だということです。
健診の結果、異常所見が見られた場合は、企業は就業上の措置について、3か月以内に医師の意見を聴かなければなりません。私が産業医活動を行う中で見聞きしたなかには、産業医が名義貸しである等の理由で、健診だけ受けさせて結果を産業医等にも見せていないケースがままありますが、明らかな安衛法違反であり、今回のような事故が起きれば、これも大問題になりかねません。
必ず、産業医又は産業医がいない場合は地域産業保健センター等に相談し、医師のチェックを入れるようにして下さい。
健康診断を行う、労働者に受けさせる、そして結果を医師に見させて意見をもらうことは、健康管理の基本中の基本であり、それすらできていない場合は何らかの事故等が起きると大問題に繋がります。これら一連の健診の流れは、確実に実施することを強くお勧めします。
病院・医療機関におけるストレスチェック体制構築の難しさ
ナーシングビジネス2016年9月号にも、病院のストレスチェックについて詳しい記事を寄稿しております。そちらも併せてご覧いただければ幸いです。
病院・医療機関は意外に従業員数が多く、ストレスチェックの対象となる
病院は、入院患者様がおられる場合は24時間体制であり、看護師さん等も交代勤務であったり、その他のコメディカルや事務職員の方、パートの方もおられるので、従業員数が50人以上の病院というのは結構多く存在します。
病院の医師が産業医を兼任している場合がある
従業員数が50人以上であれば産業医を選任しなければならない訳ですが、その場合、その病院の医師を産業医として選任しているケースがあります。中には、病院長自身が産業医をしている場合もあります。
病院長が産業医を兼任するのは適切ではないことは、昨年10月に厚生労働省から通達(基安発1030第4号)が出されました(3月8日追記:2017年4月より、病院長等の管理者が産業医を兼任することは、省令で禁止される運びとなりました)。適切ではない理由としては、「労働者の健康管理よりも事業経営上の利益を優先する観点から、産業医としての職務が適切に遂行されないおそれも考えられる」などの理由が挙げられています。
この趣旨から考えると、診療科の部長等も経営者側になりますので、避けたほうが良いと思われます。(ストレスチェックとの関係では、人事権があるため実施者にはなれません。)
病院の産業医がストレスチェックにかかわる場合
「管理職ではないヒラの医師」が自分の所属する病院の産業医となり、ストレスチェックにもかかわることになった場合、その医師への心理的負担が大きいように思いますし、その他の従業員もあまりよい気がしないなど、問題点が多いように思われます。
なぜなら、その医師がストレスチェックの実施者・高ストレス者への面接担当である場合、
① その産業医は、一緒に働く医師・看護師などの全ての従業員のストレスの状態をチェックし、誰がストレスが高いのかをすべて把握しなければならないが、守秘義務があるのでそれはすべて自分の心の内にしまい漏らすことがないよう気を付けながら、毎日を過ごさなければならない。
② 一緒に働く同僚・コメディカルから、「あの先生は、自分のストレス具合を知っているんだ」という目で見られるかも知れない。
③ そのような状況では、従業員が正直にストレスチェックに答えず、適切な職場改善につながらないかも知れない。
④ 高ストレス者が医師面接を希望した場合、その人の悩み等を聴いて、受け止めつつ、面談後も同じ職場で一緒に働き続けなければならない。そして場合によっては事業者(病院長等)へ意見を述べなければならないが、医師としての大先輩である病院長に、職場を改善するよう意見するのは中々難しいかも知れない。一方、高ストレス者からすると、一緒に働く医師には職場の悩みを打ち明けにくい場合がある。
少し考えただけでも、上記のような問題点が予想されます。もし私が自分の働く病院で産業医に任命され、ストレスチェックにもかかわるよう命じられたら、まさにそれ自体が強度のストレスとなって病気になってしまいそうです。
病院・医療機関においてはストレスチェック外部委託を検討すべき
そんなわけですので、私見になりますが、病院においてはストレスチェックを外部委託したほうが良いように思います。自分の所の医師に病院の産業医を兼任させている場合は、実施者業務、高ストレス者への医師面接も外部委託したほうが良いのではないかと思います。または、病院外部の医師に産業医をお任せし、その産業医にストレスチェックにかかわってもらうかでしょう。
弊社では医療機関における産業医やストレスチェック実施者・面接指導も受託実績がございますので、お気軽にお問い合わせください。
メンタルヘルスに関する今年の予想&弊社の抱負
新年あけましておめでとうございます。
弊社を設立し初めての年始を迎えたわけですが、昨年は会社設立後3か月程の間に、ありがたいことに多数の企業様とご縁を頂きました。
今年の弊社の抱負は
『お仕事を頂いた企業様に、企業様の期待を超える産業医サービスを提供する』
としました。
企業様が産業医に何を求めるかは、企業様によって本当に様々です。ご縁を頂いた企業様と真摯に向き合って、企業様が何を求めているかを感じ取りしっかりとそれにお答えしながら、その上でさらにその期待を超える産業医活動をご提供できればと考えております。
弊社に産業医を頼んで良かったとご満足頂けるよう、努力を重ねて参る所存です。
本年もよろしくお願い致します。
メンタルヘルス不調者への配慮が問われる年
さて、冒頭にあります「メンタルヘルスに関する今年の予想」ですが、私の予想では企業が行うべきメンタル不調者への配慮が、より具体的にシビアに問われる年になるのではないかと思います。その理由としては
① ストレスチェック後の高ストレス者への配慮
② 今年4月施行の改正障害者雇用促進法による合理的配慮(「障害者」の範囲が広く定義されているため注意が必要です)
の2つの配慮が企業には求められるようになるからです。
配慮を決定する上での産業医の重要性
この2つの配慮を行う上で、企業は産業医等に意見を聞かざるを得ません。なぜなら、企業は基本的には医学の素人であり、医師の意見を聞かず独断でどのような配慮を行うかを決定することは非常にリスキーであり、またリスク以前の問題として、発達障害等、企業からするとどのような配慮をすれば良いかわからないケースも多数存在するからです。
36協定の上限を超えて時間外労働をさせた企業が送検されて大きなニュースになったり、外食企業の過労死訴訟で企業が多額の和解金を支払い、改善対策を約束して世間に公表し謝罪する等、労働者の健康に対する配慮がますます企業に求められる時代になりつつあります。
そのような時代において、産業医が果たすべき役割・責任は益々大きくなっていくと予想されますが、名義貸しや片手間で産業医をやっている医師では対応できなくなり、産業医の淘汰が始まるのではないかと考えられます。また、それを見越してしっかり働いてくれる優秀な産業医を確保することが企業には求められます。
(②の合理的配慮については後日記事をアップする予定です。)
【コラム】派遣社員とメンタルヘルス・安全配慮義務 ~産業医の視点から~
労働者派遣法改正と今後
今年の9月に改正労働者派遣法が施行されました。私は「派遣,有期労働契約」の分野の知識が弱いと自覚していたので,ある大手派遣会社主催の法改正対応セミナーに行って勉強してきました(「弁護士の先生の法改正解説講座」+「派遣会社の自社宣伝を兼ねた解説」)。
その派遣会社の話によると,『個人単位でも3年の縛りがかかり,基本的に同じ部署では3年以上働けない。但し,派遣社員と派遣元の関係が無期雇用契約ならそのような縛りはない』ため,ある程度経験や技能の蓄積が必要な業務に同じ派遣社員を長期的に使いたい企業は,派遣元と無期契約をしている派遣社員を求める傾向になるだろうとのことでした。その結果,派遣の業界は,派遣社員と無期契約をできる体力のある派遣会社が生き残っていくだろうとのことでした(宣伝も兼ねて多少自社に有利なように解説しているとは思いますが)。
派遣社員について,どのような法規制をするのが良いのかは,労働法学者でも政治家でもない私には正直わかりません。ただ,労働者派遣という形態が,今後も当面は社会の中で存在し続けることは確実であり,また,産業界のスムーズな労働力移動(人が余っている業界から,急成長で人が足りない業界へ)のためには,政府としても,派遣社員と派遣元とを無期雇用にすることで雇用を安定させスキルアップの機会を確保しつつ,派遣社員を活用するという方策も考えられると思われます。
そこで今回は,私が産業医業務を行ってきた中で感じた,派遣労働者への健康管理・安全配慮義務履行の難しさについて書いてみたいと思います。
派遣社員の健康管理の問題点
派遣先,派遣元の責任所在があいまいになりがち
派遣社員の健康管理については,労働者派遣法や労働基準法等にて派遣元,派遣先に責任が割り振られています。例えば,一般健康診断や過重労働面談を行うのは派遣元の義務ですが,特殊健診等は派遣先の義務となります。
また,派遣先と派遣元が共同で行うべき事項もあり,判例上,安全配慮義務については双方が負うとされることが多いです。
『双方が負う』というのが,双方ともにしっかりやってくれれば良いのですが,場合によっては派遣先から見ると「ウチの従業員じゃないし」となり,派遣元から見ると「向こうで働いているからウチの責任じゃない」となってしまうこともあります。
長時間労働やメンタルヘルスの問題が社会的に注目される昨今,派遣先と派遣元がより緊密に連携して派遣労働者の健康管理を行う必要があると思われます。
派遣社員が相談窓口に相談しにくい
派遣先で長時間労働をさせられメンタル不調になりかかっているものの,有期契約という不安定な立場等の理由から,派遣労働者が派遣元に相談できないケースもあるようです。派遣先は,派遣元からするとお客様な訳で,その間に立つ派遣労働者は双方に気を使わなければならない立場になることもあります。
派遣元,派遣先は,そのような労働者の立場も汲んで,相談しやすい体制を作らなければなりません。そのような体制を作らず,万一労働者がメンタル不調から自殺してしまった場合,派遣元・派遣先が連帯して安全配慮義務違反となってしまうからです。
派遣社員の業務や責任が過重な場合がある
派遣社員が優秀で技能も高い場合は,普通は派遣社員が行わないような高度の仕事を任され,また,派遣先の正社員を何人も部下として持つケースもあります。そのような場合でも,あくまで派遣社員は外部の人間であるため,派遣先の責任者・上司とのコミュニケーションが取りづらく,一人で責任を負って孤立してしまうケースもあるようです。派遣元企業が派遣先企業としっかり交渉し,業務範囲・責任が無制限に拡大しないようにする等の対応が必要ではないかと個人的には思います。
派遣業界で求められる産業医のスキル
このように派遣労働者は,派遣元と派遣先との二重の関係を持つが故に,健康管理が難しくなっています。それに携わる産業医も,通常の雇用関係とは違ったスキルが求められるように思います。
①労働者派遣法等の知識
法律や判例を知らず「派遣元には責任はない」等のトンチンカンなことを言ってはいけませんので,派遣関連の法律・判例の知識は産業医活動をする上で必須です。
②派遣労働者の労働環境を想像する力
派遣元企業の産業医が,そこの労働者を面談するにしても,各労働者が働いている環境は全くバラバラなわけです。Aさんはα社で,Bさんはβ社で働いているといった感じですが,産業医はα社にもβ社にも行ったことはありません。そこで,産業医に求められる能力としては,面談を通じてその人の働く環境を素早く把握し想像することが必要になってきます。これをするには,過去の多職種での産業医経験や,書籍・報道等を通じて得る各業界の知識が必要になると思います。
③派遣元の人事労務担当者との調整力
ある労働者の方に対し何らかの就業上の配慮が必要と産業医が考えたとしても,産業医が派遣先に出向いて行って,派遣先の上司等に会って直接意見を言うようなことはありえません。派遣先に伝えるのはあくまで,派遣元企業の担当者の仕事になります。
よって産業医としては,産業医意見がしっかり相手(派遣先企業)にまで正確に齟齬なく伝わるよう,産業医と派遣元担当者との打ち合わせ・コミュニケーションにはかなり気を使います。
弊社は,派遣先・派遣元企業の両方で豊富な産業医経験を有しております。産業医をお探しの場合は,是非一度弊社までお声かけ下さい。
【コラム】産業医が診断・治療しない本当の理由 ~主治医との違い~
人事労務担当者様から産業医への相談
産業活動をしていると,時々人事労務担当者の方から,「調子の悪そうな従業員がいるから診断して欲しい。」「診断書を書いて,休ませて欲しい」と頼まれることがあります。その際には,私から「産業医は診断も治療もしませんので,とりあえず私が従業員と面談して,病気の可能性がありそうだと感じたら適切な医療機関を紹介します」と回答しています。
一昔前は産業医も診断・治療していた
一昔前は,大きな企業であれば工場やオフィスの中に診療所があって,そこで産業医が高血圧等の生活習慣病を中心に治療も投薬もしていることがありましたが,最近ではなくなりつつあります。
その理由は,診療所の運営コスト等の理由もありますが,企業自身が判例等を通じて,後述するリスクに気が付いてきたというのもあります。特に企業の中で生じている健康問題が「生活習慣病(高血圧,糖尿病等)」から「メンタルヘルス」に変化するに伴い,産業医が診断・治療をすることによって,企業が意図しないリスクを背負い込むことになるからです。
産業医が、従業員の「診断・治療」もすることは非常に危険
業務パフォーマンスが低下している従業員がいたとして,周りから見てもその理由がはっきり明確ではない場合,「病気によるものor単なる能力不足or職務怠慢」なのかで会社の取るべき対応は大きく異なり,その判断は会社にとっても従業員にとっても非常に重要になります。
なぜなら,病気であれば治療に繋げていくことが当然ですし,能力不足であれば教育・指導,怠慢であれば注意,場合によっては懲戒になるかも知れないからです。
業務パフォーマンスの低下に対し,仮に会社が従業員に原因に応じた何らかの不利益処分(懲戒,休職,休職満了による退職・解雇等)を行い,従業員がその処分に対し不満を持ったとします。もちろん,紛争にならないよう労使がお互いによく話し合う必要がありますが,この世の中,どうしても円満に解決しないケースも一定の割合で残念ながら生じます。(補足:休職させることも,従業員に対しては不利益処分になりえます。なぜなら,休職期間満了時には退職等になりますし,多くの企業で休職中の給与は100%保障とはなっていないからです。100%保障だとしても,賞与,残業代,人事評価はどうなんだという点も生じます。)
不利益処分に納得しなかった従業員は,その処分の無効や違法性を主張するために「会社と癒着している産業医の診断によって,一方的に病気と決めつけられた」「産業医に治療してもらったが,一向に良くならない。会社の責任ではないか。」等と主張されるおそれがあるのは明らかですし,実際にそれで企業と従業員が揉めているケース・裁判例もあります。
産業医は私も含め,医師としての良心に基づき,公平・中立・客観的な判断を行いますが,「会社から金銭を受けとり,会社によって選任されている」という客観的事実からはどうしても逃れられません。そのように従業員から主張されても,産業医・会社の判断が公平・客観的であることを証明すれば済む話ですが,余計な揉め事に労力を使うのは避けた方が無難です。
よって,そのような事態を避け,会社の処分が正当であることを主張するためには,上記の判断(病気なのか能力不足なのか怠慢なのか)の基となる医師の診断は,「従業員本人が自らの意思で選んだ医師」の診断であることが望ましいのです。
そうすると企業の人事の方からは,「職務怠慢が疑われる人が,病気と診断されると免罪符のようになって,会社はその人に何も言えなくなってしまうのではないか」と聞かれますが,それは違います。こちらにも書いている通り,病気であったとしても企業として受け入れられない無理な配慮に対しては,NOと言っていけば良いだけの話です。(←確かに,病気と診断された以上,一定の配慮が必要になって来る可能性はありますが,上記のように「会社と産業医が癒着して虚偽診断…」「治らないのは会社のせい…」と従業員から主張されて揉めるリスクは避けた方が無難ですし,病気と医者から正式に診断された方に一定の配慮を行うことは労使の信義上必要なことだと思います。)
このように、今の時代になっても、従業員の治療を自分のクリニックで平気で引き受けてしまう産業医を雇うことや、社内診療所でメンタル疾患(身体疾患も)の診断・治療を行うことは、企業にとって非常に危険であり、早急に見直し・改善されることをお勧めします。
診断・治療に関する弊社のスタンス
産業医が診断・治療しない理由として,教科書的には「主治医と産業医の役割が違うから」と説明されることが多いようです。
ただ,別に法律で「産業医は治療をしてはいけない」と禁止されているのではありませんし,実際には私は精神科医ですから,メンタル不調の方に対し(企業内診療所があれば)薬を使った治療もできますし,カウンセリング的アプローチもやろうと思えばできるわけです。
しかし私がそれをやってしまうと,企業様に上述のようなリスクを背負わせることになりますので,基本的には診断・治療は行いません。
ただ,過去に経験したことはありませんが,もし企業・人事労務担当者様が「我が社はそのようなリスクを承知の上,全て背負います。そもそも我が社は,従業員に対して,休職も含めた不利益処分を行うことは断じてありません,労使のトラブルの可能性などゼロです。ですので,是非とも先生に治療をお願いしたいです!」と断言され,従業員本人からも「是非とも先生にお願いしたいです!」と懇願された場合には,企業様にそこまで私の診断・治療能力を信頼して頂けることはある意味光栄なことですので,私が治療することも考えるかも知れませんが,現実的にはそのようなケースはまずありえません。
上述のリスクを企業様に説明すると、「なるほど、そこまで考えずに安易にお願いしてしまいました。先生にお願いするのは止めておきます。」となります。
(以上は,「治療の開始時」の話であり,「休職からの復職時」の判断とは別です。復職時に「まだ病気が十分回復していない」と企業が考えそれを主張していく場合は,産業医の判断・意見も非常に重要になります。ただしその場合でも、診断をして主治医とは違う病名を付けるようなことはなく、あくまで「病状的に業務に耐えられるかどうか」について判断します。)
【コラム】ストレスチェックの実施者になることは産業医にとってリスクなのか②
ストレスチェック制度義務化もついに開始となりました。
前回の続きとして,今回は「実施者になった産業医に生じるリスク」について考えてみます。
2016年7月20日追記)
産業医が訴えられ被告となるケースが新たに生じました。こちらの記事に詳細を記載していますので併せてご覧ください。この訴訟はストレスチェックの事例ではありませんが、名義貸しで月1回の職場巡視もしていない等、産業医業務をしっかり行っていないのにストレスチェックに関わった場合には、同様の訴訟リスクが生じるものと考えられます。
自殺したメンタル不調者のケースで訴訟リスクを考える
ストレスチェックを受け,高ストレス者と判定された労働者がいたとします。その人が高ストレス者であることは,企業は知りえませんので,実施者である産業医のみが知っています。ストレスチェックの結果は本人に返却されましたが,本人から医師面接の希望を申し出ることはなかったため,実施者である産業医は何もアクションを起こしませんでした。その後,不幸にも,その労働者は自殺してしまいました。
この場合,実施者である産業医は,責任を問われるのでしょうか?
そもそも産業医とはどういう立場なのか
会社と労働者の間には,労働契約が存在しており,その契約に付随する義務として会社は安全配慮義務を負っています。
一方,諸説ありますが,産業医と労働者の間には労働安全指導契約上の権利義務関係が生じており,それを履行しなかった場合は産業医は債務不履行責任を負う,又は,労働者の権利又は法律上保護される利益を侵害した時には不法行為責任を負うと考えられます。(一般的には,産業医と労働者間には債務不履行となるような契約関係は成立していないと考える判例が多いようですが。)
行為と結果の間の相当因果関係
債務不履行にしろ不法行為にしろ,行為と結果の間に「相当因果関係」がないと産業医の責任は認められません。
つまり,産業医の責任が認められるには,「高ストレスと知っていた産業医が,何らアクションを起こさなかったこと」と「労働者の自殺」の間に相当因果関係が必要になるのです。産業医に責任を負わすには,単純な因果関係(条件関係)ではなく,相当因果関係が必要となります(不作為の不法行為の論点等もありますが,ややこしいのでここでは省略します)。
「今日の北京で1匹の蝶が空気をかき混ぜれば、翌月のニューヨークの嵐が一変する」という言葉もある通り,ごく薄い関係も含めれば,この世のあらゆるものは繋がっており,因果関係があるとも言えます。私が日本でフーッと息を吹けば,1か月後にニューヨークで嵐が起きて家が潰れるかもしれません。しかし,家が潰れた人が,家の修理代を私に請求しても,裁判上認められないのは直感的にもわかります(そもそも因果関係を証明できないと思いますが,仮に証明できたとしても)。
つまり,裁判上で責任を負わせるには,「社会通念上,責任を負わさないと不公平だよね」と普通の人なら考える程度の,濃い因果関係(=相当因果関係)が必要だと言うことです。
産業医の行為と自殺の間の相当因果関係
では,「産業医がアクションを起こさなかったこと」と「自殺」の因果関係について考えてみましょう。
ストレスチェック制度は,法律上,強く労働者のプライバシーを保護しており,本人の同意がなければ結果が企業に伝わることはありません。だからこそ,労働者は安心してチェックを受けることができるのです。プライバシーを厚く保護し正直にあるがままに答えてもらってはじめて、集団分析等を通じてストレスチェック制度の趣旨である「1次予防」へ繋げることができます。
高ストレス者が医師面接を希望した場合は結果が企業に伝わることになりますので,それを嫌って「高ストレスだけど,医師面接は希望しないぞ!」と労働者が決定する権利は,法の趣旨から言っても保護されるべきものと思われます。
よって,そのような労働者の権利を尊重し,産業医がアクションを起こさなかったことが債務不履行や不法行為を構成するとは考えにくいのではないでしょうか。
また、労働者が自殺してしまった主な理由は,仕事上や私生活での出来事が原因なのであって,産業医がアクションをしなかったことを理由にして自殺した訳ではありません。
そもそも,労働者が自殺しないよう,健康を管理する義務,安全配慮義務があるのは一義的には企業ですので,仮に企業の安全配慮義務違反を認め損害賠償責任を負わせて被害者(遺族)を救済した上で,さらに産業医にまでストレスチェックの実施者として責任を負わせるというのは考えにくいと思います。
また,企業の責任を認めず(企業の安全配慮義務違反はない),産業医の責任のみ認めるのは,ストレスチェック実施者として産業医がかなり職務を怠ったケース、例えば、
・ストレスチェックに「自殺したい」の質問項目があって,そこにチェックが入っているのを産業医が認識しながら放置した場合
・高ストレス者から面接指導対象者を絞り込む際、何ら正当な理由・根拠もなしに、絞り込んだ場合
等しかありえないように私は思います。(もちろん、指針やマニュアルに定められている実施者の業務は確実に行っていることが大前提です。)
私が考える結論~訴訟に巻き込まれるリスクは増えるかも~
産業医がストレスチェックの実施者になり,労働者の自殺のようなケースが生じたとしても,産業医が損害賠償責任を負わされることはまずありえないと思います。さらに,高ストレス者に対して「医師面接の勧奨」を1~2回でも行っていれば,よりリスクは減るでしょう。
そうは言っても,誰を訴えるかはご遺族・弁護士が自由に決定することですから,「裁判で負けはしないが,訴訟には巻き込まれる」リスクは,ストレスチェックをきっかけに増加すると私は思います。ストレスチェック制度が,法律として定められ企業・産業医の責任が重くなる中,「会社だけじゃなくて,健康管理・メンタル管理に携わるべき立場にあった産業医も被告に入れておこう」と考えるご遺族・遺族側弁護士がいても,おかしくないでしょう。
なお、リスクの観点のみから言えば、高ストレス者に対して面接をする医師の方がリスクは高いと思われます。医師面接を行って、その後すぐに労働者が不幸にも自殺してしまった場合、なぜ見抜けなかったのか・会社への就業配慮意見は適切であったのかという点などを、ご遺族から追及されるおそれは多分にあると思われます。
ストレスチェック義務化への対応ポイント 職場改善編
ストレスチェック制度の義務化が明日に迫りましたが,本日はストレスチェック制度のポイントの2つ目として「職場改善」について書いてみます。
ストレスチェックの最終目的を何に設定するか
ストレスチェックのメインの目的を「健康」に設定すると,どうしても企業の経営層の方はあまり興味を持たれません。そうではなく,ストレスチェックをきっかけにして「皆で職場の要改善事項についてディスカッション→職場環境改善→生産性向上→利益アップ」をメインの目的にすべきと私は考えます(もちろん従業員個々の健康・働きやすさも大切です)。
これはあくまで私個人の意見ですが,「健康・メンタル不調発生防止」を究極の目的にすると,「ストレスフリーの楽しい職場を作ること」が究極的には必要になります。なぜなら,少しでもストレスがあればメンタル不調のリスクが多少なりとも発生するのは否定しようのない事実ですから,メンタル不調者をゼロにするためには仕事のストレスもゼロにするしかないのです。しかし,そんなに楽しいストレスゼロの仕事があるでしょうか?仕事はしんどくてストレスがあるからこそ,その対価として給料が支払われるのではないでしょうか。そんなに楽しいストレスゼロの仕事があるなら,むしろディズニーランドのように入園料ならぬ入社料を払ってでも働いてみたいものだと私は思います。
経営層の方々は,ストレスのある仕事をこなして出世してきた方々ですから「ストレスフリーの仕事,健康・病気の予防」を究極の目的にするとストレスチェックへの理解が得られにくいどころか,場合によっては「仕事はストレスがあって当たり前。甘えたことをぬかすな。」と誤解されかねません。それよりも,「生産性の向上,会社の発展」をストレスチェックの目的に加えれば理解も得られやすいと思われます。(「メンタル不調の生じにくい職場作り」の重要性を否定しているのではありません。)
「職場改善」と「メンタル不調者への個別対応」は全く別物
先日,ある大手システム会社で何年も前からストレスチェック&職場改善に取り組んでこられた人事の方のお話を聞きましたが,その方も当初(十数年前)は「産業医でも保健師でもない非専門職の自分が,ストレスチェック&職場改善に取り組んでも良いのだろうか」と悩まれており,当時の企業上層部の方に相談したそうです。そこで,その上層部の方は,『職場改善というのは,「現場」の改善な訳だから,現場をよく知っている人間がやるのが一番適切。既に病気になった人への対応は産業医等に主体になってもらうしかないけどね。』とおっしゃり,GOサインが出たそうです。
私は,本当にこれは名言だと思いました。職場改善を行うには,もちろん産業医等のかかわりも必要ですが,あくまで主体は現場の人ではないと,現場を改善することは難しいと思います。
「職場環境改善」と「個別のメンタル不調者への対応」は全く別物である点をしっかり意識して,担当主体を選ぶ必要があります。
「単純に仕事量を減らす」ことが目的ではない
そのシステム会社のある部署では,職場分析の結果を元に皆でディスカッションした結果,「自分の仕事が終わっても,早く帰りづらい雰囲気がある。代休も取りづらい。」との意見が出ました。それに対する対応策として,「現在は曜日が決まっているノー残業デーを,好きな曜日に個人ごとに指定できる」,「代休を交代で取る」,「早く帰れよと上司が声掛けをする」といった対応策を取ったそうです。その他にも,職場分析により上がってきた課題に対し,皆でディスカッションし対応策を講じました。
その結果,翌年にはその部署の「仕事の繁忙感」項目はかなり改善しました。かといって仕事が減ったわけではく,その部署の管理監督者によると「仕事量はむしろ増えている」そうです。
「ストレスを減らす=仕事を減らす=利益が減る」と考えてしまいがちですが,実際にはそうではなく,ストレスチェックと職場改善をうまく行えば,「仕事が増えても,労働者が感じる負担感が減る=仕事の質やモチベーションが上がる=利益が出る」につなげることも可能ということです。
ストレスチェックはうまく利用すれば効果的
ストレスチェックを行うことが,行っていない場合と比較して革新的な部分は「可視化できる」ことにあると私は思います。皆,なんとなく「このままでは良くない,非効率的だよな」とは感じているのです。可視化することで,皆でディスカッションしやすくなり,改善策が出やすくなり,現場から上層部への説得材料にもなり,経年的に分析もできます。(ただ,それを社内でリードしていけるファシリテーターの存在が重要になってくるのですが,現状ではそのようなことができる人材が多くの企業では社内にはあまり居ないのが問題です…。)
実際,そのシステム会社では,取り組みを開始することで,メンタル不調者がかなり減り,それにとどまらず多くの管理監督者から『職場改善は,メンタル不調うんぬんは関係なく,「職場の生産性向上の視点」から本来的にはすべての部署が行うべきことだよね』との意見も出るようになったそうです。
ストレスチェック制度を批判する意見も多数聞かれます。確かに,私も完璧な制度であるとは思いません。しかし,使いようによっては,企業の生産性を向上させるための良いきっかけにはなりうるのではないかと思います。
そのためには,単にストレスチェックを行って結果を個人に返すのみ(しかも,その結果は全く会社には伝わらない)ではなく,さらに一歩進めて職場分析→職場改善へ繋げていく必要があると思われます。
ストレスチェック義務化への対応ポイント 高ストレス者対応編
ストレスチェック義務化が迫る
ストレスチェック制度の義務化まであと3日となりました。そうは言っても,来年の11月末までに1回検査をすればよい訳ですので,弊社が受け持っている企業様でもストレスチェックの体制を万全に仕上げている所はそれほどなく,そろそろ本格的に体制構築を検討していく段階の企業様も多い状況です。
そこで,今日と明後日の2回に分けて,弊社が考えるストレスチェック制度のポイントについて考えてみたいと思います。
今日のテーマは「リスク管理」で,2回目は「職場分析,職場改善」を予定しています。
「面接希望しない高ストレス者への対応」については、こちらの記事もご参考になさって下さい。
医師面接の対象となる人数はどれくらいか
厚生労働省が推奨する職業性ストレス簡易調査票と高ストレス者となる基準点数を利用した場合,高ストレス者と判定されるのは全体のおよそ10%と言われています。
しかし,その10%の人々が全員医師面接の対象になるのではなく,その中で,「私は医師の面接を受けたいです」と自ら会社に申し出た人だけが医師面接の対象になります。自ら申し出ると,基本的には自分の検査結果が企業に知られることになりますのでハードルが高いとも言え,高ストレス者のうち何%の人が自ら申し出るのかは実際にやってみないと分らない点があります。
事前の周知の仕方(会社が従業員へ,高ストレス者に該当した場合には是非とも医師面接をうけるよう強く勧める)や,労使関係のあり方(労使の信頼関係が深ければ,結果を知られても不利益は受けないと労働者が考え面接の申し出が増える)等によって影響を受けると思われますが,おおむね10%程度が手を挙げるのではないかと言われています。
つまり,「検査を受けた人の全体数」×「1%」程度が,医師面接の対象になると考えられます。500人規模の会社であれば,5人ほどが医師面接の対象になるということです。
2016年8月追記)
その後、弊社クライアント企業の実情や、大手ストレスチェック実施機関の話を総合すると、受検者全体の0.3~0.5%程度が医師面接に繋がっているようです。
やはり、自ら手を挙げて、自分の検査結果を会社に開示することはハードルが高いようです。
医師面接の対象者はどのような人か
ここで一つ考えて頂きたいのですが,会社に対し,「自分の検査結果を会社に知られても良いから,産業医・医師の面接を受けたいです」と自ら申し出る労働者は,どのような労働者でしょうか?
上記のように,企業が労働者に積極的に申し出るよう強く勧奨するケースもありますので一概には言えませんが,以下のような労働者が含まれるのではないでしょうか。
①うつ症状等が既に出ており,医者と相談したいと考えている人
②産業医や医師を通じて,会社に何らかの不満・希望を伝えたいと考えている人(業務への不満や,異動の希望など)
このような労働者が,医師面接の対象者に含まれるのは容易に想像できることかと思います。
もちろんそのほかに、なんとなく手を挙げた人も含まれるでしょうが…。
信頼でき,企業と適切に連携もできる面接医師を確保しているか
上記の①②の人たちへ対応するには,産業医として高いスキルが求められます。
しっかり対応できなければ,企業にとってもリスクが生じます。
①メンタルの症状がある人に対して
その人の症状を適切に評価し,それに応じて精神科・心療内科へ紹介し治療する必要があるのかどうかを判断しなければなりません。ここを間違え,不適切に放置してしまい仮にその後自殺などに繋がった場合,企業の責任が問われるリスクが生じます(面接で見抜けなかったことによる過失ではなく,その他の要素による安全配慮義務違反としてだとは思いますが)。
また,面接医師は,症状に応じた適切な就業配慮意見を事業者に提供しなければならない訳ですが,これも経験がないとかなり難しいでしょう。
さらに企業の担当者の方が忘れがちなのが,「この人たちへ医師面接が1回で済むか?」という問題です。
症状がある人へは,1か月後くらいには病状確認のため再度医師面談を組むのが普通です。1回だけ面接してそのまま放置すれば,安全配慮義務違反になるでしょう。つまり,継続的なフォローが必須になってきますので,その対応をどうするのかもしっかり考えなければなりません。
産業医にストレスチェックへの関わりを断られたため、医師面接を外部委託される企業もありますが、それで事態が解決する問題ではないのです。
なぜなら、1度面接した後の継続的フォローも必要になってくるからです。だからこそ厚生労働省は、産業医(=法的義務である月1回以上の職場訪問をし、継続的に企業と関わる医師)に医師面接をさせるのが望ましいとしているのです。
②会社へ不満・希望を伝えたいと考える人に対して
このような方々へ,ぞんざいに対応すると後々のトラブルにつながりますので,しっかり話を聞いてあげる必要があります。その一方で,「ストレスがあるから異動希望」というのを全て叶えていては会社が立ち行かなくなってしまいますので,そのあたりのバランスを取りながら面接する必要があります。
このようなバランスの取れる医師・産業医というのは,実はあまり多くありません。
ストレスチェックを受託する外部機関が,医師面接まで含めた(オプション)サービスを展開していますが,その面接を受託しているのはほとんどが精神科開業医の先生等であり,企業の実状を理解し,又は企業と事前にしっかり情報共有して面接をしてくれるとは限りません(こちらのページの「高ストレス者に対する医師面接をどうするか」もご参照下さい。)。もちろんその辺りをしっかり考えて面接をしてくれる医師もいますので,企業としてはどのような医師かしっかり事前に確認する必要があるということです。
厚労省のストレスチェックマニュアルでも勧められている通り,医師面接に際して企業としっかり情報共有し,就業措置等についても連携できる医師を確保しなければ,企業にとってやっかいなことになりリスクに繋がりかねないのです。
以上,リスクの話ばかりしましたが,「リスク,リスク」と言っても気が滅入るだけですので,次回はポジティブに「職場改善」の話を書くことにします。
【コラム】ストレスチェックの面接指導意見書と労働契約②
先日のコラム「ストレスチェックの面接指導意見書と労働契約①」が一部からご好評を頂いたため,気を良くして,その2を書いてみます。
医師意見の各項目と労働契約への影響について考えてみる
①「1.時間外労働の制限」「2.時間外労働の禁止」
企業と労働者間で36協定が締結され就業規則に規定があれば,企業側に残業をさせる正当な理由がある場合は,労働者は残業を行う義務があります。
しかし,あくまで36協定は労働基準法の労働時間規制の例外的位置付けであり,産業医が「体調が悪いため,一時的に残業を制限・禁止して下さい」との意見を出した場合,それを無視し病気を悪化させると安全配慮義務違反となるため,実質的に企業はその意見に従わざるを得ないと思われます。また,一時的に残業が禁止される状態は,債務の本旨に従った労務提供ができていないとまでは言えないため,休職させることもできないと思われます。
但し,残業禁止・制限の期間が「長期間」に渡る場合には,労働者が債務の本旨に従った労務提供を行っているとは言えないため,休職等を考慮すべきです。
②「3.就業時間を制限」
これが何を意味しているのかは私にはよく分りませんが,仮に「9時~12時の半日勤務」等の短時間勤務を書く欄であると想定します。
前回のコラムに記載した通り,短期間勤務制度が労働契約上定められていない場合は,産業医が「半日勤務が必要」と意見しても,企業はそれに従う義務はない訳です(義務がないのであって,もちろん企業の自由裁量として半日勤務を認めることも可能です)。
半日勤務を受け入れないとした場合,産業医が「フルタイム勤務は無理で,半日勤務が必要な病状(=半日しか働けないというのは,病状としてはかなり悪い)」と言っている訳ですから,休職制度があればそれを利用し,休職制度がない又はあったとしてもその労働者が以前に休職している等の理由で休職の残期間がない場合は,「労務に耐えられない」等の理由で解雇・退職の可能性もあります。
(→この記事を読まれている産業医の先生等にお伝えしたいこと:このように,企業の就業規則等の制度を知らず,軽い気持ちで「半日勤務」と意見を出すと,仮に労働者が解雇されて訴訟になった場合,労働者のためを思って作成した先生の意見書が,「半日勤務しかできない病状であると産業医も意見しているため,解雇は正当である」と裁判所が判断するための証拠にもなりうる(実際にそのような裁判例もあります)ので,注意して下さい(もちろん解雇が正当かどうかは先生の意見書のみで決まるわけではありませんが,労働者に不利な証拠として裁判所が扱う可能性があるということです)。そのような点からも,産業医学を行う上では,労働法の知識は必須であると私は思います。)
③「4.変形労働時間制または裁量労働制の対象からの除外」
この項目を見たとき,私は少し驚きました。というのも,ストレスチェックの実施マニュアルの意見書例には無かった項目であり,私自身,産業医活動をする上で,このような意見を書いたことはなかったからです。
しかし,来年の国会ではいわゆるホワイトカラーエグゼンプション等,裁量労働制の拡大のための審議が予定されていますので,それを見越してこの項目を入れてくるあたりは,さすが厚労省だと感心しました。法案を通すために,ストレスチェックの意見書にまで気を配っているのかと驚きました。
さて,変形労働時間制や裁量労働制は,36協定と同じく,労基法の労働時間規制の例外的扱いであり,種類にもよりますが労使委員会での決議が必要であったり,健康確保措置を定めることが労基法上必要になります。よって,健康確保措置の一環として,産業医が「変形労働時間制または裁量労働制の対象からの除外」の意見を述べることも,全くもって「あり」だと思います(むしろ必要)。
ただ私が懸念するのは,例えばブラックIT企業が「産業医が裁量労働時間から外せと言った→当社のSEはみな裁量労働制である→裁量労働制から外すとなるとSEの仕事ができない→SEとして雇用しているから,SEができない以上は解雇」とならないか心配します。もちろんこのような解雇は不当・無効ですが,産業医としては,「裁量労働から外せと意見をしたら企業はどう動くか」を予想して意見を述べないと,トラブルにつながる可能性がありうると思います。
厚生労働省のプロ基準の,この意見書で大丈夫なのか?
このように,少し考えただけでも,各意見によって,企業・労働者へ与える影響は異なり,法的意味合いも異なってきます。しかし,産業医活動のほとんどが,開業医の先生など産業医が非専門の先生に担われている現状を考えると,ここまで考えて意見を述べる先生はほとんどいないでしょう。
このマニュアル・意見書を作成した厚労省の作成班の先生方は,産業医学のプロフェッショナルですから,ここまで考えるのも当然・簡単なことだと思います。自分たちなら簡単に使いこなせるから,このような意見書のフォーマットを作成されたのかもしれません。
しかし,ほとんどの産業医は労働法関連の知識をそこまで合わせ持っていないと思われますので,そのような先生でも簡単に使いこなせ,かつ,企業・労働者との関係で誤解・トラブルにつながりにくいフォーマットを作って頂きたかったと個人的には思います。
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